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東京高等裁判所 平成5年(ネ)5159号 判決

控訴人 内田雅敏 ほか三名

被控訴人 国 ほか一名

代理人 高木和裁 伊藤一夫 ほか二名

主文

一  本件控訴をいずれも棄却する。

二  控訴費用は、控訴人らの負担とする。

事実

一  当事者の求めた裁判

(控訴人ら)

1  原判決中、控訴人ら敗訴の部分を取り消す。

2  非控訴人らは、控訴人内田雅敏(以下「控訴人内田」という。)に対し、連帯して九九万円及びこれに対する昭和六二年一月三一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  被控訴人国は、控訴人小島啓達(以下「控訴人小島」という。)に対し、二〇〇万円及びこれに対する昭和六二年二月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

4  被控訴人らは、控訴人遠藤勤(以下「控訴人遠藤」という。)に対し、連帯して一〇〇万円及びこれに対する昭和六二年二月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

5  被控訴人らは、控訴人千葉和彦(以下「控訴人千葉」という。)に対し、連帯して一〇〇万円及びこれに対する昭和六二年二月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

6  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

7  仮執行宣言

(被控訴人ら)

主文同旨

二  当事者双方の主張

次に加除訂正するほかは、原判決の「事実及び理由」中の「第二 事案の概要」欄記載のとおりであるから、これを引用する。

1  一四丁表九行目末尾の次に、次のとおり加える。

「そして、捜査官が接見指定権の行使をしようとするに際し、被疑者本人が防御の必要上弁護人と接見したい旨を述べた場合には、捜査官は接見指定権の行使をなすことができず、直ちに接見を認めなければならない。したがって、また、弁護人が接見の申出をなしている事実は、被疑者に伝えられなければならず、その告知なしに接見指定権の行使ないし接見拒否がなされれば、右の告知を欠いたこと自体によって捜査官の右行為は違法となる。」

2  一五丁裏八行目の次に改行のうえ、次のとおり加える。

「国に刑罰権行使の前提としての捜査権があるとしても、これに対置されるべきものは被疑者、被告人の防御権である。接見交通権は、その防御の準備をする権利であるから、これが「捜査の必要性」によって制限されることは、被疑者らが防御の準備をなさないまま捜査にさらされることを意味し、接見交通権保障の趣旨を没却するものに他ならない。」

3  一六丁表八行目の次に改行のうえ、次のとおり加える。

「憲法三七条三項は、刑事被告人の弁護人依頼権を定め、この規定は被疑者についても適用されるものと解されるところ、同条項の趣旨は、被疑者、被告人らに弁護人の援助を受ける権利を保障することによって、フェアーなヒアリングを保障するところにある。そして、これとは別に憲法三四条前段が身柄を拘束された者の弁護人依頼権を定めているのは、身柄の拘束下にある者が、それ自体によって自白強要の危険にさらされていることから、特に黙秘権の実効的な保障をする必要があることにその趣旨があるのである。したがって、憲法三四条による弁護人の援助を受ける権利の本質は、取調べを典型とする捜査を制約することにあり、本来的には取調べへの弁護人の立会権が含まれるべきものであるが、少なくとも取調べに先立つ弁護人との接見交通権が保障されなければならない。したがって、被疑者、弁護人が接見を求めた場合には、取調べは中断されなければならないのである。

(3) 刑訴法三九条三項本文は、検察官等に接見指定権を付与しているが、接見の必要性と捜査の必要性が拮抗する状況において、一方当事者である検察官等に指定権を認めたこと自体が不当であり、この点においても同条項は違憲というべきである。」

4  一六丁表九行目冒頭の「(3)」を「(4)」に改める。

5  一八丁裏末行の「一般的指定が行われると、」の次に「それが書面によるか口頭によるかのいかんにかかわらず、」を加える。

6  一九丁裏四行目末行の次に、次のとおり加える。

「また、指定権の行使をする場合には検察官の側からこれを弁護人に連絡すべきものであって、弁護人側からの連絡を求めて放置することは許されない。なお、前記事件事務規定二八条の規定は昭和六三年四月一日以降廃止されて、これに起因する右のような違法な取扱をめぐる紛議はそれ以来減少したけれども、本件当時の東京地検公安部は、なお従前のとおりの取扱いをしていたのであり、当時、右公安部において、前記廃止後の取扱いを先取りして行っていたような事実はない。」

7  二〇丁裏三行目の「連絡態勢をとっていなかったこと」の次に「、また右(1)ア、ウ、エについては、増田検事が弁護人から電話させよと指示して放置したこと、これらいずれも増田検事側の違法な対応」を加える。

8  二二丁表三行目の次に改行のうえ、次のとおり加える。

「また、右のような雑談による「説得」の中断も「捜査の中断による支障が顕著な場合」にあたるとするのは、結局のところ、黙秘の態度を解かせるための働きかけが接見交通権に優位するとしている点において自由な接見交通権を保障した憲法三四条、刑訴法三九条一項に違反し、さらに、弁護人が現実に接見に来ているにもかかわらず、被疑者に対して黙秘の態度を変えなければ弁護人との接見をさせないとする点において、黙秘権を保障した憲法三八条、刑訴法一九八条二項に違反するというべきである。」

9  三二丁表七行目の次に改行のうえ、次のとおり加える。

「(三) そして、現に被疑者を取調中である場合や間近い時に取調べ等をする確実な予定がある場合は、類型的に捜査の中断による支障が顕著な場合に該当するものと解すべきであるが、本件各接見指定の際に予定されていた取調べは、実質的にも実体的真実の発見及び情状の的確な把握という観点から重要な意味を持っており、捜査の中断による支障が顕著な場合に該当したというべきである。すなわち、本件傷害事件は、労使双方が長年にわたり反目してきたという背景事情があるため、一方の側の供述のみを安易に信用することは危険な事案であったところ、被疑者である控訴人遠藤及び同千葉の両名は、逮捕当初から黙秘していたうえ、現場で事態を目撃していた組合員らも捜査への協力に応じなかったこと、控訴人遠藤及び同千葉両名とも、有罪判決を受けた同種暴力事犯について控訴を申し立てて間もないころの事件であったこと等の事情が存していたことから、右事件の起訴、不起訴を決するについては、右控訴人両名を鋭意取調べ、弁解や供述を十分に得た上で、同事件の真相を慎重に究明する必要があった。そこで、捜査官としては、右控訴人両名とより多くの対話をすること、そのためには、健康問題や趣味の話など興味ある話題を捜し出して対話をすることにより信頼関係を形成して捜査に対する理解を深めさせ、さらには労働問題に対する考え方を聞き、最終的には本件事件の事実関係についての供述を得ることとし、鋭意後述のとおりの取調べにあたったものである。

(四) また、ある事項に関する法律解釈について異なる見解が対立し、実務上の取扱いも分かれていて、そのいずれにも相当の根拠が認められる場合に、公務員がその見解の一方を正当と解し、これに立脚して公務を執行したとき、その行為は国家賠償法上違法性が認められず、右公務員に過失があったということはできないところ、本件接見指定がなされた昭和六二年一、二月当時、刑訴法三九条三項の「捜査のため必要があるとき」の解釈については、控訴人らが主張するように被疑者を現に取り調べている場合等で、かつ、弁護人の接見により長時間中断されては捜査に顕著な支障があるときに限るいわゆる厳格な限定説から、罪証隠滅の防止を含む捜査全般の観点に照らして捜査に支障がある場合を含むとするいわゆる非限定説まで、それぞれ相当の根拠をもって主張されていた状況であるから、仮に厳格な限定説が正しいとしても、増田検事が後記のとおり取調中及び取調べの予定があることをもって類型的に捜査の中断による支障が顕著な場合にあたると判断して指定権を行使したことをもって、違法とはいえず、同検事の措置に過失を認めることもできない。

なお、控訴人らは、弁護人から接見の申出があったときは、被疑者にそのことを告知しなければならないと主張するが、刑訴法三九条三項の規定上もそのようなことは定められておらず、控訴人らの主張は理由がない。」

10  四五丁裏一〇行目の次に改行のうえ次のとおり加える。

「(3) なお、控訴人らは弁護人の接見申出を被疑者に告知する義務があると主張するが、被疑者はいつでも希望する時に弁護人と接見できることを前提とするものであって、刑訴法三九条三項に反し、また、告知義務を定める明文の根拠もなく、失当である。」

三  証拠関係は、原審記録中の証拠目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  当裁判所も、控訴人の本訴請求は、原判決が認容した限度において理由があるが、その余は理由がないと判断する。その理由は、次に加除訂正するほかは、原判決の「事実及び理由」中の「第三主要な争点に対する判断」欄の記載と同じであるから、これを引用する。

1  五〇丁表四行目の次に改行のうえ次のとおり加える。

「なお、控訴人らは、被疑者本人が弁護人との接見を求めたときは、捜査官は接見指定権を行使することができず、したがって、弁護人が接見の申出をしたときは、その事実を被疑者に告知しなければならない旨主張するが、その理由のないことは後記三1のとおりである。」

2  五一丁表六行目末尾の次に、次のとおり加える。

「控訴人らは、憲法三四条前段において、憲法三七条三項の弁護人依頼権の他に特に弁護人依頼権が規定された趣旨は、身柄拘束下にある被疑者について黙秘権の実効的な保障を図る趣旨であると主張するが、憲法の右各条文の文言から、そのような解釈が帰結されるものとは解されないし、仮にそのように解しても、そのことから直ちに弁護人の接見は無制約ということになるものでもない。

また控訴人らは、黙秘権を行使する被疑者に捜査の必要を理由に弁護人との接見を許さないのは、憲法三八条、刑訴法一九八条二項に違反することとなるとも主張するが、黙秘権を行使する被疑者に対しても取調べを行うことはできるのであるから、取調べ中の接見申出につき接見指定をすることが右各法条に反するものでないことは明らかである。

3  六二丁裏三行目の「新井警部と連絡が」から同六行目末尾までを次のとおり改める。

「新井警部と連絡がとれるに至るまでの時間の経過についても、増田検事側の連絡態勢の不備いかんにかかわらず、その間に同検事に対して控訴人小島から連絡を試みるとの経緯はなかったのであるから、右の時間の経過が増田検事側の連絡態勢の不備によって生じたものということはできず、したがって、右時間の経過をもって増田検事側の責めに帰せしめることは相当でない。」

4  七三丁表六行目の「考慮にいれても、」の次に、次のとおり加える。

「同市と千代田区霞が関の東京地検並びに新宿区内の新宿署及び中野区内の中野署の各位置関係からすれば、これらの間の交通事情が良好であることは公知の事実というべきであって、東京地検まで指定書の受領に赴くことが控訴人小島側に著しい負担を負わせるものとはいえないから、」

5  七三丁表八行目末尾の次に、次のとおり加える。

「また、もし控訴人小島やその事務所側の都合によって、右指定書の受領に赴くことが困難な特別の事情があったのであれば、控訴人小島はよろしく増田検事と協議をすべきものであり、増田検事においても、その協議に副って、電話あるいはファックス等指定書に代わる合理的な指定の方法を採ることが求められたものというべきであるが、控訴人小島は、増田検事から接見の指定書を取りにきてもらいたい旨を告げられたのに対して、格別の申し出などをすることがなかったことは前述のとおりである。」

6  七五丁裏六行目の「判断したこと」の次に、次のとおり加える。

「、控訴人内田においても、一五分では短いと述べたものの、それ以上に格別事情を説明するなどして、より長時間の接見を必要とする理由を明らかにすることもなかったこと」

7  七六丁表九行目の「午後九時五五分ころから」を「午前九時五五分ころから」に改める。

8  同裏二行目の「〈証拠略〉」を「〈証拠略〉」に改め、同六行目末尾の「判断したこと」の次に「、池田事務官から右の連絡を受けた控訴人内田においても、これに対して、より長時間の接見を希望して協議を求めるなどの要請に及ぶこともなかったこと」を加える。

9  七八丁裏末行の「当日の取調べは、」から七九丁表三行目の「認められるから、」までを次のとおり改める。

「当日の控訴人遠藤の取調べは、午前八時二三分ころから午後四時一〇分ころまで行われ、途中昼食とそれに引き続く休息のため午前一一時二三分ころから午後一時一五分ころまで中断したものであるが、昼食時間及び休息時間は最小限度それ自体のために確保される必要があるというべきであり、また、その開始時間と終了時間は、取調べの進捗状況いかんによって左右されるものであって、予めこれらの時間帯を予測することには困難が伴うものでもあるから、結果的に当日右の程度の中断があったとしても、その時間帯に接見指定をなすべきものであったとはいえない。したがって、」

10  七九丁裏八行目の「右事実及び」から同九行目から一〇行目冒頭にかけての「認められるから、」までを次のとおり改める。

「右の事実関係の下において、増田検事が翌日以降の日時を指定しようとしたことが違法とはいえないことは、前示(四)(2)と同様であり、また昼食や休息の時間帯に接見指定をしなかったことについても、前示第二の二3(五)(3)のとおり、当日の控訴人千葉の取調べは、午前八時一六分ころから午後四時二〇分ころまで行われ、途中昼食とそれに引き続く休息のため、午前一一時四四分ころから午後一時ころまで中断したものであるが、前示(四)(3)と同様の理由により、」

11  八四丁表四行目の「もっとも、」の次に、次のとおり加える。

「前示の事実経過によれば、控訴人内田は、事前の連絡なく直接中野署に赴いて接見の申し出をしたものであって、同控訴人自身、一月二六日の新宿署における経緯からして、留置担当者が接見指定について権限のある担当検察官の具体的指示を受けるまでに一定の待機時間が生じることを十分予測できたこと、したがって、増田検事が登庁してから池田事務官を通じて控訴人内田に接見指定を通知するまでの約二〇分間は、合理的範囲内の待機時間というべきであり、増田検事の責めに帰すべき待機時間は、それ以前の約四〇分間であること、〈証拠略〉によれば、増田検事は、一月二六日、控訴人内田と電話で接見についてのやり取りをした際、今後の接見については事前に連絡をして欲しい旨、その場合は控訴人内田の希望を尊重する方向で対応するつもりである旨を伝えて事前の連絡を要請したことが認められるところ、これによって控訴人内田が事前連絡の義務を負担すべきものではないことはいうまでもないけれども、こうした事前連絡と協議が、弁護人の接見交通権と捜査官の接見指定権の調整を図り、現場での紛議を事前に防止して円滑な接見交通を実現させるうえで有効であって、そうした協調的な運用が形成されるのがより望ましいものと考えられるのであるが、控訴人内田は、一月三一日に、増田検事の登庁前であることが予想される時間帯に事前連絡もなく直接中野署に接見の申し出をしたものであり、控訴人内田が増田検事の前記のような要請に応じて事前連絡をしておれば、同日に生じた前記の待機時間を回避できた余地が甚だ高かったものと推認することができること、また、」

二  そうすると、控訴人内田の請求を右の限度で認容し、同控訴人のその余の請求及び控訴人内田以外の各控訴人らの請求をいずれも棄却した原判決は(控訴人内田勝訴部分について仮執行宣言を付さなかった点を含め)相当であって、本件控訴はいずれも理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、九三条一項本文、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 町田顯 中村直文)

【参考】第一審(東京地裁 昭和六二年(ワ)第八四五六号 平成五年一二月七日判決)

主文

一 被告国は、原告内田雅敏(以下「原告内田」という。)に対し、一万円及びこれに対する昭和六二年一月三一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二 原告内田の被告国に対するその余の請求及び被告東京都に対する請求をいずれも棄却する。

三 原告内田を除くその余の原告らの請求をいずれも棄却する。

四 訴訟費用は、原告内田に生じた費用の一〇〇分の一及び被告国に生じた費用の一〇〇分の一を被告国の負担とし、原告内田及び被告国に生じたその余の費用並びに原告内田を除くその余の原告らに生じた費用及び被告東京都に生じた費用を原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

一 被告らは、原告内田に対し、連帯して一〇〇万円及びこれに対する昭和六二年一月三一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二 被告国は、原告小島啓達(以下「原告小島」という。)に対し、二〇〇万円及びこれに対する昭和六二年二月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三 被告らは、原告遠藤勤(以下「原告遠藤」という。)に対し、連帯して一〇〇万円及びこれに対する昭和六二年二月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四 被告らは、原告千葉和彦(以下「原告千葉」という。)に対し、連帯して一〇〇万円及びこれに対する昭和六二年二月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一 本件は、勾留中の被疑者及びその弁護人であった原告らが、捜査担当検察官及び留置場の担当警察官らによって接見交通を妨害されたとして、国家賠償法一条一項に基づき、損害賠償(慰謝料)を請求している事案である。

二 当事者間に争いのない事実等

1(一) 原告遠藤及び同千葉は、昭和六二年一月二二日(以下、年の記載を省略するときは同年を指す。)、暴力行為等処罰に関する法律違反の被疑事実で現行犯逮捕され、同月二三日傷害の被疑事実で東京地方検察庁(以下「東京地検」という。)検察官に身柄付きで送致された者である(以下、この事件を「本件被疑事件」という。)。右逮捕後、原告遠藤は代用監獄である警視庁新宿警察署(以下「新宿署」という。)留置場に、同千葉は代用監獄である警視庁中野警察署(以下「中野署」という。)留置場に、それぞれ留置・勾留されていた。

(二) 原告内田及び同小島はいずれも東京弁護士会所属の弁護士であり、原告内田は一月二四日、同小島は同月二九日、それぞれ原告遠藤及び同千葉から弁護人に選任された(弁護人選任の日につき原告内田、同遠藤、同千葉。ただし、原告内田の弁護人選任の日については、原告らと被告国との間では争いがない。)。

(三) 東京地検検察官検事増田暢也(以下「増田検事」という。)は、本件被疑事件の捜査等の職務を遂行していた。

(四) (一)の当時、柏谷正警部補(以下「粕谷警部補」という。)は新宿署の看守係長であり、磯部邦秋警部(以下「磯部警部」という。)は中野署の留置主任官たる警務課長代理であった。

2 原告遠藤及び同千葉の逮捕・勾留

一月二二日午前九時一〇分ころ、新宿署司法警察員は、原告遠藤及び同千葉を暴力行為等処罰に関する法律違反被疑事件の被疑者として現行犯逮捕した。その後、被害者が負傷していることが判明したため、同月二三日、右両名は傷害の被疑事実で東京地検に送致された。本件被疑事件の捜査を担当することとなった増田検事(同地検公安部所属)は、同月二四日右両名につき右被疑事実で勾留を請求し、併せて、弁護人又は弁護人となろうとする者以外との接見禁止を請求した。同日東京地方裁判所裁判官は右請求のとおり勾留及び接見禁止の決定をし、さらに、同検事が同月三〇日勾留期間の延長を請求したところ、同月三一日、二月二日から一〇日間の勾留延長が認められた。そのため、原告遠藤及び同千葉は、同月一二日処分保留のまま釈放されるまで、引き続き前記各留置場にそれぞれ留置されていた。

3 原告内田及び同小島の各接見申出とその経過の概要

(一) 一月二六日の中野署の対応

同日午前八時三〇分ころ、原告内田は、中野署を訪れ、看守係の清水一雄巡査部長に対し、原告千葉の弁護人であることを告げ、同人との接見及び差し入れの申出をした。原告内田は、同日午前八時四五分ころから九時一五分ころまでの三〇分間原告千葉と接見した。

(〈証拠略〉)

(二) 一月二六日新宿署における経過

(1) 原告内田は、同日午前九時三五分ころ新宿署を訪れ、同九時五五分ころまでの間に看守係員に対し、原告遠藤の弁護人であることを告げ、同人との接見及び差し入れの申出をした。右申出に対し、右看守係員は、原告内田に検察官の指定書を持参しているかどうか尋ねた。原告内田は、同係員に対し、直ちに接見させるよう要求した。右要求に対し、同係員は上司の判断を仰いでいた。

(被告国の関係で右事実全般、被告東京都の関係で原告内田の接見申出時刻につき、〈証拠略〉。なお、被告東京都は、原告内田が新宿署において接見の申出をした時刻につき、原告遠藤の留置人接見簿(〈証拠略〉)の申込日時欄の記載(原告内田の記載であることに争いがない。)に依拠して午前九時五五分ころであった旨主張するが、証人柏谷の証言によっても、通常、接見の申出があってから留置人接見簿に記載するまでには五分ないし一〇分はかかることが認められるから、右留置人接見簿の記載時刻をそのまま採用することはできない。)

(2) 同日午前一〇時一〇分ころ、新宿署警備課係長の山田義孝警部補(以下「山田警部補」という。)は、原告内田に対し、増田検事と連絡を取るように求めた。これに対し、原告内田は、原告遠藤は在監中であり、増田検事と連絡を取るまでもない旨反論した。山田警部補は、原告内田に、原告遠藤は取調べ中であるから接見できない旨述べたので、原告内田は嘘を言ってもだめである旨述べた。そこで、山田警部補はその場をいったん退いた。

(〈証拠略〉)

(3) 同日午前一〇時一五分ころ、対応に出た柏谷警部補は、原告内田に対し、原告遠藤は現在取調べ中であるからすぐには接見できない旨述べた。そこで、原告内田は、柏谷警部補に対し、原告遠藤は在監している旨看守係員から確認していること、山田警部補が取調べ中であるなど虚偽の事実を告げたこと、看守の判断で接見可能な状態であれば接見させるべきであることを述べ、直ちに接見させることを求めた。

柏谷警部補は、原告内田に対し、増田検事と電話で話すことを求めたので、原告内田は右申出を了承した。

(〈証拠略〉)

(4) 同日午前一〇時三〇分ころ、原告内田は増田検事に電話を掛けた。

増田検事は、右電話で、原告内田に対し、原告遠藤は取調べ中であると述べたが、原告内田が、原告遠藤は房の中にいて取調べ中でないことを看守に確認しており、嘘を言ってもだめである旨述べたところ、同検事は、取調べ中か否かを確認の上電話する旨答え、午前一〇時四五分ころ電話で原告内田に対し、午前一一時から一一時三〇分までの間の一五分間接見させる旨の指定をした。原告内田は、接見指定の要件がないこと、一五分間では時間が短い旨抗議したが、増田検事が応じなかったため、原告遠藤と一五分間接見した。

(〈証拠略〉。ただし、原告内田が同遠藤と一五分間接見したことは被告東京都の関係においても争いがない。)

(三) 一月三一日中野署における経過

(1) 同日午前八時五〇分ころ、原告内田は、中野署を訪れ、看守係の岡村音春巡査部長に対し、原告千葉の弁護人であることを告げ、同人との接見及び差し入れの申出をした。

その後しばらくして、磯部警部が対応に出たので、原告内田は、磯部警部に対し、原告千葉と直ちに接見させるよう求めた。磯部警部は、増田検事に連絡を取るのでしばらく待ってもらいたい旨原告内田に告げ、東京地検に電話を掛けたが、増田検事は不在であった。

(〈証拠略〉)

(2) 同日午前九時五〇分ころ、磯部警部が原告内田を電話口に呼び出したので、原告内田は電話に出た(〈証拠略〉)。

右電話の相手は増田検事ではなく同検事係の検事事務官池田光一(以下「池田事務官」という。)であった。増田検事は、右電話で池田事務官を通して、午前九時五〇分から一〇時二〇分までの間の一五分間接見させる旨の指定をした。これに対し、原告内田は、現在原告千葉は在監しており、取調べ中でもないのだから指定の問題は起こり得ない、一五分間というのもおかしい旨反論し、とにかく接見はするが、これは指定を受けての接見ではない旨述べた。

(〈証拠略〉)

(3) 原告内田は同日午前九時五五分ころから原告千葉と接見を開始した。

一五分を経過した同一〇時一〇分ころ看守係員が原告内田に対し、接見時間の経過を告げた。

(〈証拠略〉。ただし、原告内田が原告千葉と接見をしたことは被告国との関係でも争いがない。)

(四) 二月六日新宿署における経過

(1) 原告小島は、同日午前八時三〇分ころ新宿署を訪れ、同八時五〇分ころまでの間に看守係員に対し、原告遠藤の弁護人であることを告げ、同人との接見の申出をした。右申出に対し、看守係員が検事の指定書を持参しているかどうか尋ねたところ、原告小島は、右看守係員に対し、そのようなものは所持していない旨答え、直ちに接見させるよう申し入れた。看守係員は、原告小島に対し、原告遠藤は現在取調べ中であり、増田検事と連絡を取ってほしい旨述べた。

(〈証拠略〉)

(2) 同日午前一〇時三〇分ころ、原告小島は、増田検事と電話で話をし、原告遠藤と直ちに接見させるよう申し入れたところ、増田検事は「現在取調べ中であり今日は取調べを今後も続ける予定なので、明日以後にしてもらいたい。明日以後であれば、取調べの予定はあるが、調整して具体的に指定する。」旨答えた。原告小島は増田検事の翌日以後の接見の要請に応ぜず、同検事も原告小島の接見申出につき具体的な指定をしなかった。

(〈証拠略〉)

(3) 同日の原告遠藤に対する取調べ時間は、午前八時二三分ころから一一時二三分ころまで及び午後一時一五分ころから四時一〇分ころまでである(〈証拠略〉)。

(五) 二月六日中野署における経過

(1) 同日午前一一時ころ、原告小島は、中野署を訪れ、同署一階の受付において原告千葉の弁護人であることを告げ、同人との接見及び差し入れの申出をした。

右申出に対し、対応に出た磯部警部が増田検事の指定書を持参しているかどうか尋ねたところ、原告小島は、そのようなものは持参していない旨述べ、被疑者(原告千葉)が在監している以上接見させるよう申し入れた。磯部警部は、右申入れに対し、原告千葉は現在取調べ中である旨答え、増田検事に連絡を取ってもらいたい旨述べた。

(〈証拠略〉)

(2) 同日午前一一時二〇分ころ、原告小島は、増田検事に電話を掛け、原告千葉と直ちに接見したい旨申し出たところ、増田検事は「現在取調べ中であり、今後も取調べを続ける予定なので、取調べを中断させてまで接見できるよう指定することはできない。明日以後の都合のよい日時を言ってもらいたい。」旨述べた。原告小島は増田検事の翌日以後の接見の要請に応ぜず、同検事も原告小島の接見申出につき具体的な指定をしなかった。

(〈証拠略〉)

(3) 同日の原告千葉に対する取調べ時間は、午前八時一六分ころから一一時四四分ころまで及び午後一時ころから四時二〇分ころまでである(〈証拠略〉)。

(六) 二月七日の経過

(1) 同日午前一一時二〇分ころ、原告小島は、原告遠藤及び同千葉との接見に関し、増田検事に電話を掛け、二月九日午後二時から四時の間に右両名と接見したい旨申し入れたところ、同検事は、警察と連絡を取って捜査に差し支えがないか確認の上、原告小島に電話する旨答えた(〈証拠略〉)。

(2) その後間もなく、増田検事は、原告小島に電話を掛け、九日の接見は原告遠藤につき午後二時から三時三〇分までの間の一五分間、同千葉につき午後二時三〇分から四時までの間の一五分間にしたい旨連絡した(ただし、この電話連絡の趣旨については当事者間に争いがある。〈証拠略〉)。

(七) 二月九日新宿署における経過

(1) 同日午後二時一〇分ころ、原告小島は、新宿署に赴き、看守係員に対し、原告遠藤との接見を申し入れたところ、右看守係員は、原告小島に対し、原告遠藤は現在取調べ中であり、すぐには接見できない旨答え、指定書の持参の有無を尋ねた。原告小島が「持っていない。増田検事と連絡を取り、本日午後二時から三時三〇分までの間の一五分間接見指定を受けている。」旨述べたところ、同係員は原告小島に検事と連絡を取ってもらいたい旨述べた。

(〈証拠略〉)

(2) 原告小島は、増田検事に電話を掛け、二月七日電話で接見指定があったことを前提に、直ちに接見させるよう要求した。これに対し、増田検事は、二月七日には接見の日時等の指定をしていないこと、現在取調べ中であること、東京地検では弁護人に指定書の受領、持参を求める方法で指定していることを説明したが、原告小島は、右説明に納得しなかった。原告小島は同日原告遠藤と接見できなかった。

(〈証拠略〉)。

(3) 同日の原告遠藤に対する取調べ時間は、午前八時三〇分ころから一〇時四五分ころまで及び午後一時八分ころから四時三五分ころまでである(〈証拠略〉)。

(八) 二月九日中野署における経過

(1) 同日午後二時五〇分ころ、原告小島は、中野署に赴き、同署警備課長代理の勝又良一警部(以下「勝又警部」という。)に対し、原告千葉との接見を申し入れたところ、勝又警部は、原告小島に対し、原告千葉は現在取調べ中であり、すぐには接見できない旨答え、指定書の持参の有無を尋ねた。原告小島が「持っていない。増田検事から、本日午後二時三〇分から四時までの間の一五分間接見させる旨の指定を受けている。」旨述べたところ、勝又警部は原告小島に検事と連絡を取ってもらいたい旨述べた。

(〈証拠略〉)

(2) 原告小島は、増田検事に電話を掛け、前記(七)(2)の電話と同様の要求をした。これに対し、増田検事は、二月七日には接見の日時等の指定をしていないこと、現在取調べ中であることを述べ、さらに「(原告小島は)あえてトラブルを起こすために、わざと具体的指定書を取りに来ないで警察に行って騒いでいる」という趣旨の発言をした。原告小島は同日原告千葉と接見できなかった。

(〈証拠略〉)。

(3) 同日の原告千葉に対する取調べ時間は、午前八時三〇分ころから一一時二〇分ころまで及び午後一時ころから四時三〇分ころまでである(〈証拠略〉)。

三 主要な争点

本件の主要な争点は、原告遠藤及び同千葉と弁護人との接見に関し、増田検事の採った措置及び各留置場の留置業務担当者(以下「留置担当者」という。)らの対応ないし措置が原告らの接見交通権を侵害する違法なものか否かであり、争点に関する当事者の主張は以下のとおりである。

四 原告らの主張

1 刑訴法三九条三項の解釈

(一) 刑訴法三九条三項は、後記2及び3のとおり、憲法又は国際人権規約に違反する無効の規定であるが、仮に、右条項を合憲的に解釈しようとするならば、同項ただし書の趣旨を最大限生かした解釈をする必要がある。

すなわち、憲法三四条が規定する被疑者が弁護人の援助を受ける権利は、身柄拘束を正当化し得る代償措置であって、右の権利を構成する被疑者の弁護人との接見交通権は、被疑者が防御の準備のため必要としているときにこそ保障されなければならない。刑訴法三九条三項ただし書は、「但し、その指定は、被疑者が防禦の準備をする権利を不当に制限するようなものであってはならない。」と定めるが、このただし書こそは、まさに「捜査のための必要」よりも被疑者が防御の準備をする権利が優位することを明らかにしたものである。すなわち、刑訴法三九条三項に規定する接見の日時、場所及び時間の指定(以下「接見指定」又は「接見の日時等の指定」という。)は、被疑者が防御の準備をする権利を不当に制限しない限りで行い得るにすぎない。

(二) 右の観点から刑訴法三九条三項の「捜査のため必要があるとき」の意義を明らかにすれば、同条項を従来説かれていたように単に捜査官側の「捜査の必要」にのみ着目した規定と解するのは正しくなく、捜査の客体であると同時に防御の主体である被疑者の二面性を考慮した捜査官側の「捜査の必要」と弁護人側の「捜査の必要」、すなわち弁護人側の証拠収集の必要との対等な調整を意図しているものと考えるのが正当である。

つまり、憲法三一条は刑事訴訟における当事者主義を採用しているのであるから、身柄拘束を受けている被疑者に対する捜査の必要は何も捜査機関にのみ限られるものではなく、弁護人からする事情聴取、証拠収集の必要も当然考慮されなければならない。

(三) このような見地からすれば、刑訴法三九条三項の「捜査のため必要があるとき」とは、取調べ、検証、実況見分、引き当たり捜査等に現実に被疑者を立ち会わせている場合で、かつ、弁護人の接見により長時間中断されては捜査に顕著な支障がある場合をいうものと解すべきである。

2 刑訴法三九条三項と憲法の関係

(一) 憲法三四条にいう「弁護人に依頼する権利」とは、単に弁護人を選任することができるということではなく、弁護人による実質的な援助を受ける権利である。同条が、弁護人選任届を作成提出することのみを保障し、弁護人に選任された弁護士の弁護活動を保障していないと考えることは到底不可能である。

(二) 憲法三四条が保障する弁護権が、単に弁護人を選任することを妨げられない権利にとどまるのではなく、弁護人による実質的な援助を受ける権利であるとすれば、弁護人が被疑者と立会人なくして面会する権利、すなわち接見交通権は憲法三四条の保障の中に当然含まれているものと解される。のみならず、接見交通は憲法三四条が保障する弁護人の諸活動のうちで最も初歩的かつ基本的な活動であり、いわば他のすべての弁護活動の土台ともいうべきものである。

弁護人が身柄を拘束された被疑者と面会し同人から十分な事情聴取を行わずして、効果的な弁護活動を行うことは全く不可能である。そして、被疑者との間の通信の秘密が確保されないままで、弁護人が被疑者との間に信頼関係を確立し、同人から十分な事情聴取を行うことは困難であり、弁護人と被疑者との間で交換される情報が訴追側に筒抜けになっている状態では弁護人が被疑者のために効果的な防御活動を行うことはおよそ不可能である。弁護人と被疑者との間の「通信の秘匿特権」は弁護権の本質的要素である。

(三) 接見交通権は、憲法が保障する被拘束者の弁護権の内容のうち最も初歩的で基本的な権利である。この権利を「捜査の必要」を理由に捜査官自身が制限するという事態を憲法は容認していない。その理由は以下のとおりである。

(1) 身柄を拘束された被疑者の弁護人の役割は、黙秘権をはじめとする被疑者の諸権利の保障を実質的に確保し、捜査官の違法行為を防止し、被疑者の防御権に実体を与えることにある。この目的に奉仕する弁護人の諸活動は、捜査官の捜査活動を制約するものとして憲法上保障されているのである。弁護権は、国家が個人を刑事訴追するのに際して遵守しなければならない憲法上の制約なのである。この弁護権を「捜査の必要」によって制限することを認めるのは明らかな論理的矛盾である。

(2) 黙秘権(又は自己負罪拒否権、憲法三八条一項)は、個人の人格の不可侵性に由来する権利であり、個人に対して国家権力が及ぶ範囲を画する原則である。すなわち、個人に対して刑罰を科そうとする国家は、国家自らの労力によってその正当性を立証すべきであって、当該個人に強制を加えることによって証拠を引き出してはならないということである。それゆえ、被疑者には捜査官の出頭要請に応じる義務はないし、取調室に滞留する義務もないし、捜査官の行う実況見分や検証に立ち会う義務もない。それは憲法上の特権であり、「侵すことのできない永久の権利」である。そうであるとすれば、取調べや実況見分への立会いを理由として、被疑者と弁護人との接見交通を制限することが許されないのは当然である。

(3) いわゆる「公共の福祉」論によって接見交通権の制約を認めることも不可能である。なぜなら、憲法三一条以下の規定は、憲法が一般的に保障する生命・身体に対する「公共の福祉」による内在的制約を憲法自体が具体化したものにほかならないのであって、それ以外の諸制約について「公共の福祉」の名において法律で例外を設けることは許されないからである。

(四) したがって、刑訴法三九条三項は違憲・無効の規定である。

3 刑訴法三九条三項と国際人権規約の関係

(一) 「市民的及び政治的権利に関する国際規約(昭和五四年条約第七号。以下「B規約」という。)一四条三項b及びdは、捜査・公判を通じての弁護人依頼権を保障するものであり、これには身体を拘束された被疑者の弁護人との接見交通権も含まれている。

(二) このB規約の弁護人依頼権に関する規定の解釈基準となるものとして、「被拘禁者処遇最低基準規則」(一九五五年五月三〇日犯罪予防及び犯罪者処遇に関する第一回国連会議採択決議。以下「処遇最低基準」という。)及び「あらゆる形態の抑留・拘禁下にあるすべての人々を保護するための原則」(一九八八年一二月九日第四三回国連総会採択決議。以下「保護原則」という。)がある。このうち、身柄を拘束された被疑者と弁護人との接見交通に関連するのは、処遇最低基準九三条及び保護原則一八である。これらの規定から明らかになることは、身柄を拘束された被疑者は完全に秘密を保障された弁護人との接見交通権を保障され、この権利は「捜査の必要」によっては停止されたり制限されたりしないということである。

なるほど、保護原則一八の三項ただし書によれば、「法律又は法に従った規則に定められ、かつ司法若しくはその他の官憲により安全と秩序を維持するために不可欠であると判断された例外的な場合」には接見交通権の制限が認められている。しかし、ここにいう「司法若しくはその他の官憲」とは、「その地位及び在任資格によって、権限、公平性及び独立性について最も強い保護が与えられている裁判官その他の官憲」を指し(保護原則用語例f参照)、検察官や警察官を含まない。また、「安全と秩序を維持するために不可欠であると判断された例外的な場合」が「捜査の必要」とは全く異なる事態を指すことはいうまでもない。

(三) B規約は国会において承認され、昭和五四年条約第七号として公布され、同年九月二一日我が国においても国内法的効力を有するに至った。日本国政府はB規約を昭和五四年八月四日批准したが、「留保」を一切行っておらず、同規約二二条二項にいう「警察の構成員」についての解釈宣言をしたにとどまる。また、憲法九八条二項は、「日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする。」と定めており、条約は法律に優先するものと解される。したがって、我が国においては、B規約は国内法の規定を待つまでもなく原則として国内法的効力を持っている。すなわち、B規約は、日本国内において法規範としての効力を有するのであり、しかも、それは刑訴法よりも上位の法規範である。

(四) したがって、刑訴法三九条三項はB規約一四条三項b及びdに違反し無効である。

4 増田検事の行為の違法性(被告国の関係)

(一) いわゆる一般的指定の違法性

(1) 本件各接見妨害(前記第二の二3(二)ないし(五)、(七)及び(八)の各接見申出に対する対応ないし措置を指す。以下同じ。)は、増田検事が留置担当者らに対し、同検事の発行する指定書を持参するなど同検事の指示がない限り、一切被疑者と弁護人との接見を認めてはならない旨の指示、いわゆる一般的指定をしていたことに起因するものである。

(2) 一般的指定とは、法務大臣訓令である事件事務規程(以下「事件事務規程」という。)二八条(昭和六三年四月一日改廃前の規定)に基づき、検察官が、一般的指定書の発付等の方法により、弁護人又は弁護人を選任することができる者の依頼により弁護人となろうとする者(以下「弁護人等」という。ただし、「弁護人等」の意味で単に「弁護人」と表記することがある。)と被疑者との接見を一般的に禁止することを内容とする処分である。

一般的指定が行われると、接見の日時、場所及び時間を別に指定した指定書(具体的指定書)を被疑者の留置場所に持参しなければ、弁護人と被疑者との接見は許されないことになり、具体的指定書を持参した場合に辛うじてその指定の内容に従って接見できるにすぎない。すなわち、この一般的指定の結果、弁護人の接見は一般的禁止状態となり、接見しようとする弁護人はいちいち検察官にその旨の申出を行い、検察官から具体的指定を受けなければ接見できないことになる。

(3) 右のような運用は、刑訴法三九条一項の自由な接見の原則と同条三項の例外としての制限を逆転させるものであり、被疑者と弁護人との接見を原則として禁止する効果をもたらすものであるから、憲法三一条、三四条及び刑訴法三九条一項に違反し、違憲・違法である。

仮に、右一般的指定が内部的な事務連絡であって弁護人に対し処分性がないとしても、少なくとも捜査機関は弁護人からの接見申入れがあった場合には直ちにこれに対応する態勢を整えていることが不可欠であり、例えば指定権者である検察官と連絡が取れないなどの理由で、検察官と連絡が取れるまで弁護人を待たせておくことは到底許されない。

(二) 弁護人に「待機時間」を生じさせた増田検事の一般的指定の違法性

(1)ア 原告内田は、一月二六日午前九時三五分ころ新宿署において原告遠藤との接見を申し入れたが、実際に接見を行うことができたのは、右申入れから約一時間半を経過した午前一一時からであった。

イ 原告内田は、一月三一日午前八時五〇分ころ中野署において原告千葉との接見を申し入れたが、実際に接見を行うことができたのは、右申入れから約一時間を経過した午前九時五〇分からであった。

ウ 原告小島は、二月六日午前八時三〇分ころ新宿署において原告遠藤との接見を申し入れたが、担当の増田検事と連絡が取れないとの理由で待たされ、二時間ほど経過した同一〇時三〇分ころ増田検事と連絡が取れたが、同検事はこの日は一日中取調べの予定があるとして、同日の接見を拒否した。

エ 原告小島は、二月六日午前一一時ころ中野署において原告千葉との接見を申し入れたが、約二〇分を経過した同一一時二〇分ころ、増田検事はこの日は一日中取調べの予定があるとして、同日の接見を拒否した。

(2) このように原告内田及び同小島に約二〇分ないし二時間の待機時間が生じたのは、一般的指定が行われていた結果、担当の増田検事の許可(具体的指定)がない限り被疑者と会わせないという取いになっていたからであり、その上増田検事が弁護人からの接見申出に対する速やかな連絡態勢をとっていなかったことによるものである。

(三) 接見指定及び接見拒否の違法性(指定要件の不存在)

(1)ア 一月二六日午前中原告内田が新宿署において原告遠藤との接見を申し入れた際、原告遠藤に対する取調べの予定があったとしても、右時点では取調べの予定は看守係に連絡されておらず、捜査官は原告内田の接見申入れを看守係から伝えられて初めて取調べの予定を言い出したにすぎない。したがって、同日午前中における原告遠藤の取調べの予定が、間近でかつ確実なものであったかは客観的に明らかでない。

さらに、予定されていたという取調べの内容が事件には直接関係ない雑談であったことからすれば、取調べの開始時刻を弁護人の接見によって若干遅らせることになっても、捜査に顕著な支障が生じたとは考えられない。

イ 一月三一日午前中原告内田が中野署において原告千葉との接見を申し入れた際、原告千葉に対する取調べの予定があったとしても、右時点では取調べの予定は看守係に連絡されておらず、捜査官は原告内田の接見申入れを看守係から伝えられて初めて取調べの予定を言い出したにすぎない。この日、看守係は、新宿署の捜査担当者に連絡を取って初めて取調べの予定のあることを知り、その旨原告内田に伝えたものである。したがって、同日午前中における原告千葉の取調べの予定が、間近でかつ確実なものであったかは客観的に明らかでない。

さらに、予定されていたという取調べの内容が事件には直接関係ない雑談であったことからすれば、取調べの開始時刻を弁護人の接見によって若干遅らせることになっても、捜査に顕著な支障が生じたとは考えられない。

(2) 二月六日新宿署における原告小島の同遠藤との、同日中野署における原告小島の同千葉との、二月九日新宿署における原告小島の同遠藤との、同日中野署における原告小島の同千葉との各接見申出の際、確かに取調べ中であったものの、その取調べの内容は事件には直接関係ない雑談にすぎず、この雑談の中断によって捜査に顕著な支障が生じたとは到底考えられない。

(3) したがって、右(1)、(2)の各接見申出(以下「本件各接見申出」という。)の際の「取調べ」又は「取調べの予定」は、刑訴法三九条三項の指定権行使の要件である捜査の中断による支障が顕著な場合に該当せず、直ちに接見させず、あるいは当日の接見を拒否したことは違法である。

(四) 指定権を行使するに当たっての検察官の弁護人との協議義務違反

(1) 仮に本件各接見申出の際接見指定の要件があったとしても、なお、増田検事のしたあるいはしようとした接見の日時等の指定は、弁護人である原告内田、同小島との十分な協議を経たものではなく、「捜査機関は、弁護人等から被疑者との接見等の申出があったときは、原則としていつでも接見等の機会を与えなければならないのであり、これを認めると捜査の中断による支障が顕著な場合には、弁護人等と協議してできる限り速やかな接見等のための日時等を指定し、被疑者が弁護人等と防御の準備をすることができるような措置を採るべきである」とする最高裁判所の判決(最高裁昭和五三年七月一〇日第一小法廷判決・民集三二巻五号八二〇頁、以下「五三年判決」という。)の趣旨に照らし、違法である。

(2) 一月二六日及び同月三一日の原告内田の接見申出に対し、増田検事は、最終的に原告内田と同遠藤及び同千葉との接見を認めたものの、接見時間について原告内田と十分協議することなく、一方的にそれぞれ一五分間と指定した。原告内田が一五分以上の接見を必要としていたこと、また当日の取調状況からして、各三〇分ないし一時間程度の接見を認めたとしても何ら支障はなかった。特に、指定権を行使する場合の接見時間については、画一的な運用を行うことなく事案に応じた弾力的な運用を行うことが要請されるところ、増田検事が認めた一五分間では到底被疑者が弁護人の援助を受けるための十分な時間を保障したものとはいえず、弁護人と被疑者との接見交通権を否定するに等しいものである。

したがって、増田検事のこのような一方的な接見時間の指定は、弁護人との協議を尽くしておらず、違法なものである。

(3) 二月六日の原告小島の同遠藤及び同千葉との接見申出に対し、増田検事は、その取調べの実質を十分検討することなく、ただ漫然と一日中取調べ予定であるとして、この日の接見を拒否した。

捜査機関は、接見の日時等を指定する要件の存否を判断する際には、単に被疑者の取調状況から形式的に即断することなく、取調べが一段落した時点で接見させるか取調べ開始時刻を若干遅らせて接見させるなどの措置が可能かどうかについて十分検討を加える必要があり、その指定権の行使は条理にかなったものでなければならない。それゆえ、増田検事は、前記のような態度をとることなく、原告小島と協議をした上でその日のうちに、具体的には昼食の前後に、原告小島と同遠藤及び同千葉との接見をさせるよう指定すべきであった。なぜなら、昼食によって取調べを中断している以上、午前中の取調べ終了後昼食前に、あるいは昼食後午後の取調べ開始前に弁護人と被疑者との接見を認めることは、およそ捜査の中断による支障が顕著な場合となることはないからである。

(五) 具体的指定書の不持参を理由とする接見拒否の違法性

(1) 原告小島は、二月七日午前一一時二〇分ころ、増田検事に電話をし、原告遠藤及び同千葉と二月九日午後二時から四時までの間に接見したい旨申し入れたところ、増田検事は、原告遠藤との接見を二月九日午後二時から三時三〇分までの間の一五分間、同千葉との接見については同日午後二時三〇分から四時までの間の一五分間とすると指定した。

原告小島は、右指定に基づいて二月九日接見に赴いたのであるが、増田検事は、原告小島が具体的指定書を受領していないから指定権の行使はなかったとして、接見を拒否した。

(2) 検察官は、捜査の必要の存否とは関係なく、弁護人に対して具体的指定書の受領と被疑者の留置先への持参、提出を強要するのが通例であった。このようなやり方は、接見交通を原則的一般的に禁止し、検察官の個別的許可がない限り接見交通ができないという効果を生ぜしめるものであり、まさに一般的指定書によらない事実上の一般的指定処分であって、違法である。接見指定の要件がない限り具体的指定書の持参の有無は全く問題にならないことは明らかである。

「捜査のため必要があるとき」という要件を具備する場合を考えてみても、弁護人が検察官のもとまで具体的指定書を取りに行き、それを被疑者の留置先まで持参、提出しなければならない明文の根拠はどこにもない。刑訴法三九条三項によれば、検察官等が接見の日時等の指定をすることは認められているが、同条項は弁護人に検察庁から被疑者の留置先まで具体的指定書を運搬させる義務を課したものではない。検察官が弁護人に対して具体的指定の意思表示をするには、検察官自身が自らの責任において表示行為を行うのが当然である。

以上のとおり、増田検事の原告小島に対する具体的指定書の受領、持参要求は違法である。

(3) 弁護人からの接見の申入れに対して、捜査機関が「捜査のため必要があること」を理由として、一定の時間帯の接見を拒否するためには、別な時間帯を指定するといういわば代償措置の具備が必要である。

仮に、被告国が主張するように二月七日には増田検事による具体的指定がなかったとすれば、原告小島は、事前に増田検事に対し二月九日の午後二時から四時までの間の接見を申し入れているにもかかわらず、右の代償措置が採られなかったということになり、増田検事は原告小島が事前に申し出た接見を拒否ないし制限する根拠を失い、原告小島は指定なしのその申出のとおりの接見をすることができるはずである。したがって、この時間帯については、増田検事は取調べを理由として指定権の行使をすることは許されない。

5 留置担当者らの行為の違法性(被告東京都の関係)

(一) 接見申出を被疑者に告知する義務の違反

接見交通権は被疑者が弁護人の援助を受けるための憲法上の権利であり、この弁護人の援助を受けるか、捜査官の取調べを受けるかの選択は被疑者自身が行うべきであることからすれば、弁護人が接見しようとして被疑者が留置されている代用監獄である警察署附属留置場を訪れた場合には、その警察署の留置担当者は、まず弁護人が接見しようとしていることを被疑者に告げなければならない。この告知義務は、被疑者が取調べ中であろうとなかろうと、被疑者への告知が可能である限りは消滅しないものである。原告内田又は同小島が同遠藤又は同千葉に接見しようとして新宿署又は中野署を訪れた際、留置担当者らは、まず第一に被疑者であり勾留されている原告遠藤又は同千葉に弁護人が接見に来ていることを告知しなければならなかったのに、全くこれを知らせず、右告知義務に違反した。

(二) 独自に接見指定の要件を判断して接見させるべき義務の違反

監獄法に基づき業務を執行する留置主任官は、検察官の指揮いかんにかかわらず、独自の権限で接見等の監獄法上の業務を処理すべき義務を負うから、接見指定の要件の有無を吟味し、被疑者が在監していて右要件が存在しないと判断した場合には、直ちに被疑者と弁護人との接見を実現すべき監獄法上の義務を負い、他方取調べ等で在監しておらず、接見指定の要件が存在する余地があると判断した場合にのみ、弁護人からの接見申出、被疑者の希望、身体状況等を検察官に連絡すれば足りるのである。

そして、本件各接見申出の当時、一般的指定は違法であり、接見指定の要件について「現に被疑者を取調べ中であるとか、実況見分、検証等に立ち会わせる必要がある等捜査の中断による支障が顕著な場合に」限り指定権を行使できるとする見解(以下「限定説」という。)が確立していたのであるから、接見に携わる公務員としては、限定説に従い、接見させる義務があった。

一月二六日及び同月三一日、原告内田が各警察署を訪れ接見を申し入れた時は、原告遠藤及び同千葉は在監(房)していたのであるから、留置担当者である柏谷警部補及び磯部警部は直ちに接見を実現しなければならなかった。しかるに、直ちに接見させなかった右両名の行為はいずれも違法である。

(三) 接見申出を接見指定権者に取り次ぐ義務の違反

接見交通権の重要性に照らし、留置担当者ら接見に携わる者としては、最低限、弁護人が接見を申し入れた際には、接見指定権者に直ちに自らの負担と責任において接見の申出等を取り次ぎ、速やかに接見を実現させるべく努力する義務を負っている。

ところが、一月二六日新宿署において柏谷警部補は原告内田に約束までしながら増田検事への連絡を怠り、二月六日新宿署において山田警部補は増田検事との連絡を待つという形でその後は何もせず、同日中野署において看守係員は増田検事に自分の方から連絡することを拒否した。二月九日の新宿署及び中野署においても、看守係員は自分の方から増田検事に連絡を取ることを拒否した。これら留置担当者らの行為はすべて違法である。

6 本件各接見妨害についての増田検事の故意、過失

(一) 一般的指定の運用における故意、過失

(1) 一般的指定制度の違憲性、違法性は既に主張したとおりであるところ、接見指定の要件の有無にかかわらず検察官の指示がない限り被疑者と弁護人との接見を認めないという運用が違法であることは明白である。のみならず、当時既に一般的指定書の作成、交付の違法性が全国的に争われており、これを違法とする下級審の裁判例も多数出ていた。また、本件各接見妨害発生の一〇か月後の一二月二五日には事件事務規程が改正され、一般的指定制度は廃止された。

(2) このような事実に照らせば、増田検事が本件被疑事件の捜査を担当することとなった当時(以下「本件当時」という。)は、検察庁の内外で一般的指定制度について十分な問題意識が持たれていたと考えられるから、増田検事には一般的指定の運用に当たり、接見交通権を不当に妨害することがないよう慎重な配慮をする義務があった。

しかるに、増田検事は、接見指定の要件の有無にかかわらず、検察官の指示がない限り被疑者と弁護人との接見を認めてはならない旨の指示を出し、更に具体的指定書を持参しない限り被疑者との接見を認めてはならない旨の指示さえ出しており、弁護人からの接見申出があった場合に直ちにこれに対応する態勢を整えていなかったのであるから、このような一般的指定の運用において、同検事には少なくとも過失がある。

(二) 指定要件の判断についての故意、過失

(1) 刑訴法三九条三項の「捜査のため必要があるとき」の意義については、五三年判決の判示及びその後の下級審の裁判例からして、少なくとも本件当時には限定説が接見実務において確定した判断になっていたことが明らかである。したがって、接見実務に携わり接見指定に関係する公務員としては、限定説に従い、接見指定権を行使する義務があった。

(2) しかるに、増田検事は、取調べ中あるいは取調べ予定であれば直ちに接見指定の要件が存在するという見解に立ち、その余の事情を一切考慮しなかったのであるから、その判断において少なくとも過失があることは明らかである。

(三) 具体的指定書の持参要求についての故意、過失

具体的指定書の持参要求の違憲性、違法性は既に主張したとおりであるところ、弁護人の意思に反して具体的指定書の持参を強制した点において増田検事の故意が認められることは明らかである。

特に、二月九日の原告小島に対する接見妨害において、増田検事は、従前の経緯からして原告小島が容易に応じないことを承知しながら、殊更に原告小島に具体的指定書を持参することを要求し、指示内容を留置担当者に伝えることを意識的にせず、そうすることによって原告小島と同遠藤及び同千葉との接見の機会を奪ったものであって、接見拒否についての増田検事の故意は明らかである。

(四) 弁護人との協議義務違反についての故意、過失

五三年判決は検察官に弁護人との協議義務を課し、その後の下級審裁判例からしても、これが実務において確立していたとみるべきであるから、右義務を怠り、弁護人との協議をしようとしなかった増田検事には少なくとも過失がある。

(五) 接見時間についての故意、過失

被疑者と弁護人との接見が一五分間などという短い時間では到底その目的を達することができないことは、長年捜査実務に携わってきた者においては常識として知っていたはずであり、増田検事においても当然熟知していたはずのものである。それにもかかわらず、一月二六日の原告内田と同遠藤との接見及び同月三一日の原告内田と同千葉との接見につき、接見時間を各一五分に制限した点において増田検事には故意がある。

7 本件各接見妨害についての留置担当者らの故意、過失

(一) 接見申出を被疑者に告知する義務の違反についての故意、過失

接見実務に携わる公務員であれば、憲法上の権利である接見交通権についての認識は憲法を遵守すべき公務員として当然持っていなければならないから、被疑者への接見申出の告知を怠った留置担当者らには少なくとも過失がある。

(二) 指定要件の判断についての故意、過失

本件当時、一般的指定が違法であること、指定の要件については限定説によるべきことが確立していたことは明らかであるから、接見実務に携わる公務員としては、限定説に従い、接見させるべき義務があったにもかかわらず、一月二六日及び同月三一日の原告内田の接見申出の際、右義務に違反した留置担当者らには少なくとも過失がある。

(三) 接見申出を接見指定権者に取り次ぐ義務の違反についての故意、過失

弁護人からの接見申出に際し、直ちに増田検事に連絡を取り、速やかな接見の実現を怠った一月二六日及び二月六日の留置担当者らの措置には少なくとも最低限の義務を怠った点で過失がある。

8 原告らの損害

(一) 原告内田は、一月二六日及び同月三一日、接見申出から接見開始までの間不当な長時間の待機を余儀なくされたことにより時間を空費し、さらに接見時間を制限されたことにより弁護人としての職責を全うすることができなかった。

(二) 原告小島は、二月六日及び同月九日、接見を拒否されたことにより弁護人としての職責を全うできなかったばかりか、二月六日午前及び二月九日午後の執務時間を空費した。

(三) 原告遠藤は、一月二六日、原告内田との接見時間を一五分に制限されたことにより、被疑者として弁護人の助言を得た上防御の準備をする権利を侵害された。また、二月六日及び同月九日、原告小島が接見に赴いたにもかかわらず接見を拒否されたため、外部からの情報を遮断され、事実関係を正確に伝えたい、処分の見通しを知りたい等の焦燥感、不安感にさいなまれた。

(四) 原告千葉は、一月三一日、原告内田との接見時間を一五分に制限されたことにより、被疑者として弁護人との間で十分な打合せを行う権利を侵害された。また、二月六日及び同月九日、原告小島が接見に赴いたにもかかわらず接見を拒否されたため、外部からの情報を遮断され、事実関係を正確に伝えたい、処分の見通しを知りたい等の焦燥感、不安感にさいなまれた。

(五) よって、原告らの損害額は、原告内田について一〇〇万円、原告小島について二〇〇万円、原告遠藤及び同千葉について各一〇〇万円が相当である。

五 被告国の主張

1 刑訴法三九条三項の解釈

(一) 刑訴法三九条三項にいう「捜査のため必要があるとき」とは、被疑者を現に取調べ中又はこれに準ずる場合に限定されるものではなく、少なくとも、これから被疑者の取調べを開始しようとしており、その機会を外すと参考人の取調べなどの関係から真実発見の妨げになるときなども含まれるのであって、それは捜査の円滑、適正な遂行全般の観点から必要性のある場合を意味する。

(二) およそ捜査は一つの手続の流れであって、断片的なものではなく、特に被疑者の身柄を拘束している場合の捜査は高度に集中的であり、かつ短期間のうちにその状況が変化する可能性がある。それゆえ、「捜査のための必要」もある時点における個々の断片的な捜査行為に対する支障の有無に着目して判断することは不可能であり、捜査の全体の流れの中で必要性の有無を判断すべきである。そして、このように解することによって、弁護人の接見交通権と捜査の円滑、的確な遂行の要請との調和を図ることができるのである。

2 刑訴法三九条三項と憲法の関係

(一) 接見交通権は、憲法三四条によって直接認められた権利ではなく、同条の趣旨にのっとり刑訴法三九条一項によって認められた権利である。

他方、捜査機関の接見指定権は、捜査すなわち犯罪の嫌疑がある場合に公訴の提起、遂行のために犯人を探索し証拠を収集保全する必要から認められた権限であって、捜査の実施は国家が本来的に有している刑罰権を実現するための必須の前提となるものである。憲法も、国固有の権能としての刑罰権の存在を踏まえて、三一条ないし四〇条の各規定を設けているのである。

(二) このことからみても、憲法上、接見交通権と捜査の円滑、的確な遂行の要請との間で、いずれかが優先するという関係は見いだし得ないのであって、接見交通権と捜査上の必要から認められる接見指定権とは、相互の均衡調和を保ちつつ運用されることが要請されているものというべきである。

3 刑訴法三九条三項と国際人権規約の関係

(一) B規約二条二項は、「この規約の各締結国は、立法措置その他の措置がまだ採られていない場合には、この規約において認められる権利を実現するために必要な立法措置その他の措置を採るため、自国の憲法上の手続及びこの規約の規定に従って必要な行動をとることを約束する」と規定しており、B規約の各条項はいわゆる自動執行力を有しない。

(二) B規約一四条三項dが被告人についての規定であり、被疑者に関する規定でないことは明らかである。

(三) 刑訴法三九条一項は被疑者らの接見交通権を保障し、同条三項は検察官等が接見等の日時、場所及び時間を指定することができる旨規定しているが、この指定は「捜査のため必要があるとき」のみ行うことができるとされている上、「被疑者の防禦の準備をする権利を不当に制限するようなものであってはならない」として、弁護人との接見交通権に対する配慮をしているのであるから、同法三九条三項はB規約一四条三項bに沿うものであって、これに違反するものとは到底いえない。

(四) 原告らが指摘する処遇最低基準及び保護原則は、国連加盟国に対して何らの法的義務を課すものではない上、B規約の解釈基準を定めたものでもない。特に、保護原則は、各国の司法制度が異なることを前提として各国がそれぞれの社会、文化、伝統に照らし最も適当と認める制度を確立運営していくことを否定する趣旨ではなく、あくまでもガイドラインを示したものにすぎない。

4 増田検事の行為の適法性

(一) 接見指定の方式について

(1) 増田検事が所属していた東京地検公安部においては、従来から勾留中の被疑者と弁護人との接見については、一般的指定書を発しない取扱いをしていた。そして、接見に際しては、勾留中の被疑者と弁護人との接見の具体的な日時、時間等について、事前に弁護人の希望、都合を尋ね、また、取調べ等捜査の必要性を勘案し、調整の上、具体的指定書により日時、時間等を指定し、弁護人に右具体的指定書の受領と勾留場所への持参を求めるという方式を採用しており、特段の事情があり、やむを得ないと認められる場合にのみ、電話による指定を行うという運用をしている。

(2) 刑訴法は、接見指定に関して、その指定の方式や告知の方法につき何ら規定しておらず、これらについては指定権者の合理的な裁量に任せられているものと解されるところ、接見の日時等の指定を書面で行いその内容を明確にすることは、立場を異にする関係者が多数関与し、とかく紛議が生じやすい接見手続を迅速、円滑に進めるためにも、また準抗告の対象を確定するためにも極めて合理的な方法であって、実務上も定着しており、適法というべきである。

そして、検察官が、告知の方法として、弁護人に対して指定書を受領するため検察庁へ来るよう求めることも、それが弁護人に過重な負担を課する等の特段の事情のない限り、検察官にゆだねられた合理的な裁量の範囲内であるというべきであり、このような告知の方法は、書面による指定と同様実務上定着し、多くの裁判例で適法とされているのである。

(3) このように、検察官が接見の日時等の指定を書面によって行う方式には大きな効用や利点があるのであって、検察官がその裁量の範囲内で指定書による指定の方式を採ることにより、弁護人において多少の負担を課せられることになるとしても、それは弁護人にとって刑訴法上受忍すべき当然の制約というべきである。したがって、検察官において、書面によって接見の日時等の指定を行うこと、そのため検察官のもとへ指定書を受け取りに来るよう要求することは、それが弁護人に過重な負担を課する等の特段の事情のない限り、すなわち、その方法が著しく合理性を欠くという評価を受けるものでない限り、何ら違法な点はないというべきである。

(二) 接見の申出及び協議の必要性

(1) 弁護人が接見を求める場合には、弁護人の接見交通権と捜査機関の捜査の円滑、適正な遂行との均衡調和を保つため、弁護人は接見指定権者に被疑者との接見をしようとする具体的な日時(必要に応じ場所)を、可能な限り、あらかじめ通知すべきである。

刑訴法三九条三項は検察官等に接見の日時等の指定権を付与しているのであるから、同法は検察官等の接見指定権者において、弁護人が具体的な日時、場所における接見を求めることを了知する機会が確保されることを当然の前提としていることは明らかである。そして、その希望を最もよく知っている者は当の弁護人にほかならないのであるから、弁護人において、接見指定権者に対し接見をしようとする具体的な日時、場所を通知することが予定されているものというべきである。

しかも、このような通知は電話によれば一挙手一投足の労にすぎず、弁護人に対し過重な負担を求めるものでないばかりか、かえって、接見指定権者において捜査の必要があるため、弁護人の求めている日時、場所以外の日時、場所における接見を指定しようとする場合に、あらかじめ、弁護人の日程等を確かめるなどの措置を採った上、弁護人にとっても都合のよい日時、場所を指定することを可能にするもので、弁護人において接見ができない日時等を指定する結果となる等の混乱を防止し、接見を希望する者が刑訴法三九条一項に規定する弁護人等に該当するか否かの確認にも資するなど、接見交通の円滑な実現を図る上で多大の利点を有するのである。

(2) そして、捜査のため必要があって接見指定権者において接見の日時等を指定しようとする場合に、接見指定権者と弁護人が協議をすることは、捜査の円滑、的確な遂行の要請と接見交通権の調整を図りつつ、円滑な接見を実現するための不可欠な措置として実務上定着しているとともに判例上も必要とされているものであり(五三年判決)、弁護人においても円滑な接見の実現のため誠実に対応することが求められるのであって、特段の理由もなくこれを回避し、あるいは一方的に即時の接見に固執するなどの不誠実な対応に出た場合には、弁護人において適切な時期に接見指定を受けることができなくなるなどの不利益を受けることがあってもやむを得ず、またその程度が特に著しいときは真に接見を求める意思がないものと評価されてもやむを得ないというべきである(刑訴規則一条二項参照)。

(3) 仮に、弁護人が右の措置を経ないで、監獄(代用監獄を含む。以下同じ。)の職員に接見の申出をしたときは、監獄職員において、接見を申し出た者が刑訴法三九条一項に規定する弁護人等であるか否かの確認を行うほか、当該接見の申出に関し接見指定権者が接見の日時等の指定をするかどうか把握できないのであるから、弁護人に対し、接見指定権者が右指定をするか否か確認することを求め、指定権が行使された場合にはその指定されたところに従って接見の手続を採るべく、指定内容の告知を求めることになるのは当然の結果というべきである。

そして、右の場合には監獄の職員において前述のような手続を採り、かつ、接見の申出のあることを知った接見指定権者において、当該接見の申出に関する接見指定の要否、別の日時、場所における接見を指定することとした場合における具体的な日時、場所及び時間等につき捜査の状況等を勘案して検討する時間を要することは当然であり、これらの監獄職員及び接見指定権者の手続のために必要かつ合理的な時間は、接見が制約され、あるいは接見の日時等の指定が行われることにより、即時その場で接見をすることができなくなったとしても、それは権利の行使の方法に誠実さを欠いたための不利益であり、やむを得ないものである。

(三) 接見指定要件の存在

(1) 一月二六日における捜査の必要性

当日は原告遠藤の取調べが予定されており、同日午前一〇時一〇分に原告遠藤は留置場から出て取調べが開始されており、原告内田から増田検事に対して接見の申出があった同一〇時三〇分ころは現に原告遠藤を取り調べていたのであるから、捜査の必要性があったことは明らかである。

しかしながら、増田検事は、原告内田が新宿署で接見の申出をした時点では現に取調べを開始していなかったこと、看守が原告内田に対して接見させるような不用意な対応をした可能性も否定し得なかったこと等の事情を総合考慮し、取調べ中であって捜査の必要性は認められるものの、例外的措置として取調べをいったん中断して接見させるのが妥当と判断し、接見の日時等を指定するとともに、原告内田に対し、今後は事前に接見の申出をすること及び本件被疑事件の接見指定は指定書でするので、具体的指定書を受領・持参するという方法によって行うことを要請した。

(2) 一月三一日における捜査の必要性

原告内田が中野署において接見及び差し入れの申出をしたのは同日午前八時五〇分ころであるが、当日は原告千葉の取調べが予定され、新宿署の取調官が同日午前九時には既に中野署に到着して待機していたのであるから、捜査の必要性があったことは明らかである。

しかしながら、増田検事は、原告内田が中野署において接見の申出をした時点では原告千葉の取調べを開始していなかったこと、ほぼ同様の経緯で原告遠藤との接見は認めたこと、この段階で接見を認めないと原告内田が今後原告千葉と接見した際に接見拒否をされたと伝えるおそれもあり、そうすると、原告千葉が捜査機関に対して不信、反感を持ち、事実関係についての供述を得られなくなる可能性があること等を総合考慮した上、例外的措置として取調べ開始を遅らせて接見の日時等を指定することにした。そして、増田検事は、同日昼ころ原告内田の事務所に電話し、応対に出た者に、接見の際には具体的指定書の受領・持参の方法によってもらいたい旨の原告内田への伝言を依頼した。

(3) 二月六日における捜査の必要性

原告小島が、新宿署において原告遠藤に対する接見の申出をしたのは同日午前八時五〇分ころであり、中野署において原告千葉に対する接見の申出をしたのは同一一時ころであるところ、原告遠藤については同八時二三分ころから、同千葉については同八時一六分ころから既に取調べが行われていたのであるから、捜査の必要性があったことは明らかである。

そこで、増田検事は、現に取調べを行っている最中に接見の申出があったこと、その日は終日取調べの予定であったこと等を総合考慮し、取調べはそのまま続行し、原告小島の接見の申出に対しては翌日以降に接見の日時等を指定することとし、原告小島に協議を申し入れたが、原告小島はその場で直ちに接見することに固執し、翌日以降の接見の協議には一切応じようとしなかったため、右指定をすることができなかった。

(4) 二月九日における捜査の必要性

原告小島が、新宿署において原告遠藤との接見の申出をしたのは、同日午後二時ころであり、中野署において原告千葉との接見の申出をしたのは同三時ころであるところ、原告遠藤については同一時八分から、同千葉については同一時ころから既に取調べが行われていたのであるから、捜査の必要性があったことは明らかである。

そこで、増田検事は、いずれの場合も二月六日の対応と同様の理由から、翌日以降の接見の日時等の指定について原告小島と電話で協議しようとしたが、原告小島は指定書を受領しないことを理由とする接見拒否である旨の抗議を繰り返すのみで、協議に一切応じようとしなかったため、接見の日時等の指定ができなかった。

(5) 食事時間又は取調べ終了後の接見を認めなかったことについて

取調べは、被疑者の態度反応を見ながら状況に応じて行われるものであって流動的であるから、実際に取調べを行っていない検察官が食事時間及び取調べ終了時刻等について判断することは不可能であり、あらかじめ接見の指定をすることは困難である。さらに、食事時間については、食事に引き続く休息時間は取調べの再開に備えるためのもので、取調べの一環というべきであるから、休息時間帯における接見を認めることは相当でない。したがって、終日取調べ予定である旨の報告を受け、取調べの中断は捜査に支障が生じると判断した増田検事が、翌日以降に接見させることとしたい旨接見の日時等について協議を申し入れたことは何ら違法ではない。

(四) 増田検事の対応について

(1) 一月二六日の対応

接見の申出については、弁護人から接見指定権者に対して申出をし、指定の要件がある場合には協議が必要となるところ、新宿署には原告内田が柏谷警部補と応対していた接見受付コーナーに公衆電話があり、原告内田が増田検事に直ちに電話をすることは可能であったから、原告内田の方から増田検事に対し電話をするよう求めたとしても、格別不都合はないというべきである。一方、増田検事が新宿署看守室へ電話して原告内田を呼び出すことは、本来部外者が立ち入ることができない看守室に看守の了解を得ることなく看守室の管理権を有しない検察官の独断で弁護士を入れることになるのであって、適切な対処とはいえないのである。したがって、増田検事が原告内田から同検事に対して電話するよう求めた指示は適切であった。

また、増田検事が柏谷警部補に右指示をした午前一〇時ころから実際に原告内田が電話をするまで約三〇分が経過しているが、これは原告内田が増田検事に電話してほしいという柏谷警部補の要請を拒否していたためであり、実際に増田検事が原告内田と協議をし、接見の日時等を指定するまでの時間は約一〇分間であるから、これは接見指定をするための必要かつ合理的な時間というべきである。

(2) 一月三一日の対応

原告内田が中野署において接見の申出をした午前八時五〇分の時点では、増田検事は同八時に自宅を出て東京地検に通勤の途上であって連絡を取ることは不可能であり、また、当時東京地検において担当検察官が不在の場合の対応が制度化されていなかったため、増田検事が登庁するまで接見指定について判断をすることは不可能であった。増田検事が同九時三〇分に登庁し原告内田の申出を知ってから、取調べの有無を確認し接見指定をするまでの時間は約二〇分間であり、これは接見指定をするための必要かつ合理的な時間の範囲内であったというべきである。

(3) 二月六日の対応

原告小島が新宿署において接見の申出をした午前八時五〇分から、増田検事が登庁した同九時三〇分まで、同検事が接見指定について判断をすることが不可能であったことは前記(2)と同様である。

なお、増田検事が対応するまでの間に約四〇分が経過しているが、原告小島は同内田とともに原告遠藤及び同千葉の弁護人であり、一月二六日及び同月三一日に原告内田が行った接見の経緯及び接見の際の事前連絡等についての増田検事の要請を当然知っていたはずである。したがって、事前連絡等をせずに、早朝警察署に直接接見の申出をすれば、一月三一日の原告内田の場合と同様の事態になるであろうことは予測されたというべきである。原告小島は、増田検事に事前に連絡することに特段の支障があったとは思われないのに、その連絡をせずにあえて右のような行動をとったものというほかはなく、このような不利益は原告小島が自ら甘受すべきである。

同日の中野署における原告小島の接見申出に対する増田検事の対応は新宿署における接見申出に対する対応と同様であり、むしろ、原告小島が接見の申出をして間もなく増田検事は原告小島と電話で連絡を取っていることからして、同検事の対応には何ら問題がない。

(4) 二月九日の対応

二月七日午前、増田検事は、原告小島から申入れのあった接見について調整をはかるため、電話で原告小島に対し、原告遠藤については同月九日午後二時から三時三〇分までの間の一五分間、同千葉については同二時三〇分から四時までの間の一五分間それぞれ接見の指定が可能であること、接見の指定は具体的指定書によって行うので事前に指定書を受け取りに来てもらいたい旨説明したところ、原告小島は特にこれに異を唱えなかったものである。この日の電話で増田検事は具体的指定書により接見の日時等を指定することを明確に原告小島に伝えているのであり、原告小島は、これに対して何ら反対していないのであるから、増田検事の具体的指定書による接見指定の方式に同意したものというべきである。そして、原告小島は右具体的指定書を受領していないのであるから、二月九日の接見については何らの指定もないことはいうまでもない。

増田検事は、具体的指定書によって接見指定を行う旨の説明にもかかわらず、原告小島が当日の二月九日午後に至るもその受領に来なかったため、原告小島において何らかの事情により同日の接見には差し障りが生じたものと判断していた。ところが、同日午後二時過ぎ、増田検事は本件被疑事件の捜査主任官である新宿署の新井留雄警部(以下「新井警部」という。)から原告小島が新宿署に来て原告遠藤との接見を申し出ている旨の連絡を受けた。そこで、増田検事は、原告遠藤が現在取調べを受けており、同日継続して取り調べる予定であることを新井警部に確認した上、原告小島に対し、二月七日の電話での対応は接見指定のための事前の調整・連絡であり、接見の日時等を指定したものではないこと、原告遠藤は現に取調べ中であること、同日は継続して取り調べる予定であることを説明し、翌日以降の接見なら応ずることができることを電話で伝えた。しかしながら、原告小島は、接見できないのは具体的指定書を受領しないためであるとの言質を取ろうと執拗にその旨の質問を繰り返して電話を切ったものである。

これらの経緯や、新宿署に引き続き中野署においても同様の経緯を経ていることに加え、同月七日の経緯をも併せ考慮すると、原告小島は、刑訴法により検察官に接見指定権が与えられていることをあえて無視する態度に出て、殊更に紛議を引き起こそうとしているとしか評価し得ない行動に終始しているのであって、原告小島のこのような一連の頑な言動は、真摯に原告遠藤及び同千葉の権利擁護を意図した行動とは到底考えられない。

六 被告東京都の主張

1 留置担当者らの行為の適法性

(一) 弁護人等から接見の申出があった場合に留置担当者らの採るべき措置

弁護人等から勾留中の被疑者との接見申出があった場合、原則として、接見申出を受けた看守係員は、まず、右申出があったことを留置主任官に報告し、留置主任官の指揮を受け、接見申出に対する措置を講じることになる。そして、右報告を受けた留置主任官は、自ら、あるいは看守係員に指示して、〈1〉接見を申し出た者が刑訴法三九条一項に規定する者であるか否か確認し、〈2〉確認ができた場合、右弁護人等に対し、検察官に連絡し接見申出につき調整を受けてもらうように伝える。

そして、検察官による接見の日時等の指定があった場合には、指定内容に応じて接見させる措置を講じ、右指定がなかった場合には、弁護人等の申出の内容に応じて接見させる措置を講じる(この場合、接見時間については制限していない。)。

本件において、新宿署及び中野署の留置担当者らは、原告内田及び同小島の接見申出に対し、右の措置を講じたものである。

(二) 原告らの主張に対する反論

(1) いわゆる一般的指定は捜査機関の内部的連絡であり、それ自体は弁護人又は被疑者に対して何ら法的な効果を与えるものではないから、一般的指定が違法である旨の主張は失当である。

(2) また、捜査機関は、弁護人等から被疑者との接見等の申出を受けた場合には、速やかに当該被疑者についての取調状況等を調査して接見等の日時等を指定する要件が存在するか否かを判断し、適切な措置を採るべきであるが、弁護人等からの接見の申出を受けた者が接見等の日時等の指定につき権限のある捜査官でないため右の判断ができないときは、権限のある捜査官に対し右申出のあったことを連絡し、その具体的措置について指示を受ける等の手続を採る必要があり、こうした手続を要することにより弁護人等が待機することになり又はそれだけ接見が遅れることがあったとしても、それが合理的な範囲内にとどまる限り許容されているのである。

本件において、接見等の日時等を指定する要件が存在するか否かの判断ができない新宿署及び中野署の警察官らが、速やかに検察官に接見の申出のあったことを連絡し、その具体的措置について指示を受ける等の手続を採っている間、原告内田が原告遠藤及び同千葉と直ちに接見できなくても、右警察官らの措置に何ら違法はない。

2 留置担当者らの対応について

(一) 一月二六日の対応

一月二四日、増田検事は、新井警部に電話を掛け、原告遠藤及び同千葉と弁護人との接見については、捜査のため必要があるときは接見の日時等を指定することがあり、弁護人が右指定を受けずに警察署に来た場合、その弁護人から増田検事に電話をするように対応してもらいたい旨の指示連絡を行った。

一月二六日新宿署では、原告内田の接見申出を受け、午前一〇時ころ山田警部補は、増田検事に右接見申出の事実を電話連絡して指示を求め、その指示に従って原告内田と応対し、担当検察官である増田検事に電話をして協議するよう求める等具体的指定を受けるための手順を示した。さらに、同一〇時一五分ころ柏谷警部補は、原告内田と応対し増田検事に電話するように告げたが原告内田がこれに応じないことから、自ら増田検事に電話して指示を受け、重ねて原告内田に対し増田検事に電話するように求めて、具体的指定を受けるための手順を示した。

(二) 一月三一日の対応

原告内田は、同日午前八時五〇分ころ中野署において接見の申出をした。同九時ころ磯部警部は、原告内田と応対し、その直後に増田検事に電話を掛けたが不在のため連絡が取れず、その後も同検事に五回くらい電話したが、いずれも不在のため連絡がつかなかった。一方、新井警部は、磯部警部から右接見申出の連絡を受けたことから、直ちに増田検事に電話したが不在であり、東京地検の宿直にも電話を掛け、その後約五分おきに電話を掛け、同九時二〇分ころようやく池田事務官と連絡がつき、増田検事に右接見申出の事実を連絡した。そして、磯部警部は増田検事の指示に基づき原告内田と同千葉を接見させた。

(三) 二月六日の対応

原告小島が新宿署において接見の申出をした午前八時五〇分ころには、既に原告遠藤の取調べは開始されていた。そして、新井警部は、接見の日時等を指定する要件が存在するか否かの判断ができないことから、増田検事に何回も電話を掛け、同九時三〇分ころ増田検事と連絡がついたが、同検事から原告小島に直接電話させるようにという指示を受け、右指示に基づき、原告小島と応対して増田検事との協議を求め、具体的指定を受けるための手順を示した。

原告小島が中野署において接見の申出をした午前一一時ころには、既に原告千葉の取調べは開始されていた。そして、中野署員は、接見の日時等を指定する要件が存在するか否かを判断する権限がないことから、原告小島に対して、右権限ある捜査官である増田検事に電話して同検事と協議するよう求める等具体的指定を受けるための手順を示した。また、磯部警部は、増田検事から原告小島に直接電話させるようにという指示を受け、右指示に基づき原告小島と応対し、右指示を伝えた。

(四) 二月九日の対応

原告小島が新宿署において接見の申出をした午後二時一〇分ころには、既に原告遠藤の取調べは開始されていた。そして、新宿署員は、接見の日時等を指定する要件が存在するか否かを判断する権限がないことから、原告小島に対して、右権限ある捜査官である増田検事に電話して同検事と協議するよう求める等具体的指定を受けるための手順を示した。また、新井警部は、増田検事から原告小島に直接電話させるようにという指示を受け、右指示に基づき原告小島と応対した。

原告小島が中野署において接見の申出をした午後二時五〇分ころには、既に原告千葉の取調べは開始されていた。そして、中野署員は、接見の日時等を指定する要件が存在するか否かを判断する権限がないことから、原告小島に対して、右権限ある捜査官である増田検事に電話して同検事と協議するよう求める等具体的指定を受けるための手順を示した。また、勝又警部は、増田検事から原告小島に直接電話させるようにという指示を受け、右指示に基づき原告小島と応対した。

第三主要な争点に対する判断

一 接見交通権について

1 刑訴法三九条三項の解釈

身体の拘束を受けている被疑者が弁護人等と立会人なくして接見し、又は書類若しくは物の授受をすることができることを内容とする接見交通権は、憲法三四条前段の弁護人依頼権に由来し、身体の拘束を受けている被疑者が弁護人の援助を受けることができるための掲示手続上最も重要な基本的権利に属するものであり、弁護人の固有権の最も重要なものの一つである。

この観点からすれば、刑訴法三九条三項の規定による捜査機関のする接見又は書類若しくは物の授受の日時、場所及び時間の指定は、あくまで必要やむを得ない例外的措置であって、これにより被疑者が防御の準備をする権利を不当に制限することは許されない。このことは、同項ただし書が「但し、その指定は、被疑者が防禦の準備をする権利を不当に制限するようなものであってはならない」と規定していることからも窺うことができる。したがって、捜査機関は、弁護人等から被疑者との接見等の申出があったときは、原則としていつでも接見等の機会を与えなければならないのであり、これを認めると捜査の中断による支障が顕著な場合には、弁護人等と協議してできる限り速やかに接見等のための日時等を指定し、被疑者が弁護人等と防御の準備をすることができるような措置を採るべきである(五三年判決)。

そして、右にいう捜査の中断による支障が顕著な場合には、捜査機関が、弁護人等の接見等の申出を受けた時に、現に被疑者を取調べ中であるとか、実況見分、検証等に立ち会わせているというような場合だけでなく、間近い時に右取調べ等をする確実な予定があって、弁護人等の必要とする接見等を認めたのでは、右取調べ等が予定どおり開始できなくなるおそれがある場合も含むものと解すべきである(最高裁平成三年五月一〇日第三小法廷判決・民集四五巻五号九一九頁、以下「三年五月一〇日判決」という。)。

2 憲法違反の主張について

(一) 前記のとおり、被疑者と弁護人との接見交通権は憲法三四条前段に由来する権利であるが、他方、憲法上当然の前提として是認されている国家の刑罰権行使のため、捜査機関は、捜査権を有し、法律による厳格な手続的、時間的な制約の下に被疑者、参考人等の取調べ及び物的証拠の収集といった具体的な捜査活動を行うことにより、公共の福祉の維持と個人の基本的人権の保障とを全うしつつ、事案の真相を明らかにすべき責務を負っているものである。

そうすると、憲法三四条前段はいついかなる場合にも自由に被疑者と弁護人が接見できることを保障したものと解するのは相当でなく、刑罰権行使の前提たる捜査の必要性との関係において、接見交通権をどのような権利として保障すべきかは、憲法三四条前段の保障の趣旨を踏まえた立法政策にゆだねられているものと解すべきである。

そして、刑訴法三九条三項は、ただし書において、捜査機関が同項本文に定める接見指定権を行使するに当たって被疑者が防御の準備をする権利を不当に制限してはならない旨規定し、その限度で右指定権を付与する趣旨を示して、接見交通権と捜査の必要との合理的な調和を図っていること、五三年判決及び三年五月一〇日判決により、同条項に定める接見指定権の内容及び行使方法について前記のとおり限定的に解釈されていることからすれば、同条項が憲法三四条前段に違反するものとはいえない。

(二) また、憲法三八条一項の黙秘権の保障は接見交通権に直接関連するものではなく、被疑者は、接見交通権の保障とは別に、いつでも自己に不利益な供述を拒むことができるのであるから、刑訴法三九条三項について憲法三八条一項違反の問題は生じないものというべきである。

(三) さらに、前示のように接見交通権をどのような権利として保障すべきかは憲法三四条前段の保障の趣旨を踏まえた立法政策にゆだねられていることからすれば、憲法三一条以下の規定による場合を除き「公共の福祉」論による制約は認められない旨の原告らの主張は理由がない。

3 国際条約違反の主張について

(一) B規約一四条三項について検討するに、同項dは、その文言に照らし被疑者に関するものではなく、被告人に関する規定であることが明らかであるから、刑訴法三九条三項とは直接関係を有するものではない。

次に、同項bについてみるに、刑訴法三九条三項は、そのただし書において、捜査機関が接見指定権を行使するに当たって被疑者が防御の準備をする権利を不当に制御してはならない旨規定し、前記のとおり、最高裁判決により、右接見指定権の内容及び行使方法について限定的に解釈され、接見等の日時等を指定する場合でも、弁護人等ができるだけ速やかに接見等を開始することができ、かつ、その目的に応じた合理的な範囲内の時間を確保することができるように配慮すべきである(三年五月一〇日判決)と解されていることを見れば、刑訴法三九条三項はB規定一四条三項bに違反するものとは認められない。

(二) さらに、原告らの指摘する処遇最低基準及び保護原則は、いずれも国連加盟国に対してガイドラインを示したものにすぎず、何らの法的義務を課すものではないし、B規約の解釈基準を定めたものと認めることもできない(〈証拠略〉)。

(三) したがって、刑訴法三九条三項が国際条約に違反するとの原告らの主張は理由がない。

二 増田検事の行為の違法性

1 一般的指定について

(一) 〈証拠略〉によれば、次の事実を認めることができる。

(1) 昭和三八年一月一日施行の事件事務規程二八条(昭和六二年一二月二五日の改正により昭和六三年四月一日をもって改廃されたもの。以下「旧規程二八条」という。)は、「検察官又は検察事務官が、刑訴第三九条三項の接見等の指定を書面によってするときは、接見等に関する指定書(様式四八号)を作成し、その謄本を被疑者及び被疑者の在監する監獄の長に交付し、指定書(様式四九号)を同条一項に規定する者に交付する」と定めていた。右にいう様式四八号の文書(別紙一)が一般的指定書、様式四九号の文書(別紙二)が具体的指定書と言われていたものである。

そして、実際の運用としては、個々の検察官が個別の事件ごとに一般的指定書を作成しその謄本を監獄の長に送付するのが通例であり、この場合、監獄の長は、弁護人が具体的指定書を持参せずに被疑者との接見を求めてきたときは、検察官の接見指定がなければ接見させないという取扱いをしていた。

(2) 昭和六二年一二月二五日、事件事務規程が改正され、旧規程二八条につき次のような改廃が行われ、昭和六三年四月一日施行された。

ア 事件事務規程様式四八号を廃止した。

イ 事件事務規程様式四九号を改め、名宛人欄を設け、接見の記録部分を削除した。

ウ 検察官等において指定権を行使することがあると認める場合に、あらかじめ監獄の長に対してその意図を通知する際には、左記のような内容の通知書を用いるように、各検察庁の長に通知した。

「該被疑者と弁護人等との接見等に関し、捜査のため必要があるときは、その日時、場所及び時間を指定することがあるので通知する」

(3) ところで、本件当時、増田検事の所属していた東京地検公安部においては、従来から、勾留中の被疑者と弁護人との接見について一般的指定書を作成交付しない取扱いをしていた。そして、弁護人からの接見の申出に際し、具体的な接見の日時等について弁護人の希望や都合を尋ね、できるだけその希望にそって接見させるが、弁護人の希望にそい難いときは、弁護人の都合を聞き、その都合のよい時間に接見の日時等を指定するようにしていた。指定の方式としては、書面(具体的指定書)で指定することとし、弁護人に対し、右具体的指定書を検察庁に受け取りに来て、これを接見時に持参することを求めていたが、書面で指定することが弁護人に著しい負担を負わせるなど特段の事情がある場合には、口頭(電話)で指定していた。

(4) 一月二四日、増田検事は、本件被疑事件の捜査主任官である新宿署の新井警部に電話を掛け、本件被疑事件の捜査について打合せをした。その際、増田検事は、新井警部に対し、「被疑者と弁護人との接見については、捜査のため必要があるときは指定することがあるので、弁護人が私の指定を受けずに警察署に来て接見を申し出ることがあれば、その弁護人から私に電話を入れるように(看守に)対応させてもらいたい。そのことを看守に伝えてもらいたい。」旨指示し、依頼した。しかし、この指示事項は留置担当者らに直ちに伝わらず、新宿署の柏谷警部補は、一月二六日原告内田からの接見申出に対応する午前一〇時一五分ころ、捜査係の山田警部補を通して右増田検事の指示事項を聞いた。また、中野署の磯部警部は、同日の夕方、同署看守係長の幕内薫を通して右増田検事の指示事項を聞いた。

(二) 原告内田は、一月二六日新宿署において柏谷警部補らから検事から指定書がなければ会わせるなという指示が出ていると言われた、一月三一日中野署において磯部警部らから検事の許可がないと会わせられない、指定書がないと会わせられないと言われた旨供述している。また、原告小島も、二月六日新宿署及び中野署において看守係員から指定書を持っていなければ会わせないと言われた旨供述している。

しかし、証人柏谷及び同磯部は、増田検事からの指示事項として聞いた内容について、「時間や場所を指定することがあるので、弁護人に対し検事への連絡を頼んでもらいたい」というものであった旨供述している上、一月二六日及び同月三一日の原告内田の接見申出に対する留置担当者ら及び増田検事の対応等に照らしても、増田検事が、本件当時の東京地検公安部における通常の取扱いに反して、本件被疑事件の被疑者と弁護人との接見について具体的指定書の持参がなければ接見させてはならない旨の指示をしていたことを窺わせる情況は認められないから、右原告内田及び同小島の供述部分は採用できない。

さらに、原告らは、被告国は、増田検事による新井警部に対する指示の内容を一般的指定書の文言から「指定することがある旨の通知」の文言に変え、昭和六三年四月一日以降の運用があたかもそれ以前からのものであるかのようにすり替えている旨主張するが、東京地検公安部においては、昭和四〇年代中ごろ東京地裁において一般的指定書の発付は接見を一般的に禁止する処分に当たる旨の判断を示した裁判例が幾つかみられたことから、紛議を避けるため一般的指定書の作成交付による取扱いをやめたこと、増田検事が公安部に着任した昭和六一年三月には前記(一)(3)の内容の指導、運用が行われていたことが認められ(〈証拠略〉)、この認定に反する証拠はないから、原告らの右主張は理由がない。

(三) 以上の事実によれば、増田検事が新井警部との電話連絡により行った接見に関する指示・依頼は、本件被疑事件について検察官が接見指定権を行使することがある旨をあらかじめ留置担当者らに連絡して、弁護人から直接留置担当者らに対して接見の申出があった際には検察官において接見交通権と捜査の必要性との調整を図る機会を確保しようとする内部的な事務連絡であって、被疑者及び弁護人に対し何らの法的効力を及ぼすものではないというべきである。したがって、右のような指示自体を違法な処分ということはできない。

(四) そして、増田検事は、本件被疑事件の捜査に臨むに当たり、本件被疑事件には、長年にわたって労使が反目、対立を続け、民・刑多数の労使紛争を起こしているという背景があり、事件の真相を解明し、起訴・不起訴について適切な判断をするためには、事実関係について会社側関係者の供述だけでなく、被疑者を含む組合側関係者の供述を十分に聴取する必要があり、黙秘の態度をとっている原告遠藤及び同千葉に説得を重ねて捜査機関に対する敵対感情を解きほぐし、右両名からも供述を得るための取調べに全力を挙げる必要があると考え、そのような捜査方針の下に、新井警部との打合せの際、接見について前記(一)(4)のような指示事項の連絡を依頼したことが認められ(〈証拠略〉)、このような増田検事の措置をもって違法不当なものと認めることはできない。

2 原告内田及び同小島の接見の申出から増田検事と連絡がつくまでの時間の経過について

(一) 捜査機関は、弁護人等から被疑者との接見等の申出を受けたときは、速やかに当該被疑者についての取調状況等を調査して、接見等の日時等を指定する要件が存在するか否かを判断し、適切な措置を採るべきであるが、弁護人等から接見等の申出を受けた者が接見等の日時等の指定につき権限のある捜査官でないため右の判断ができないときは、右権限のある捜査官に対し右の申出のあったことを連絡し、その具体的措置について指示を受ける等の手続を採る必要があり、こうした手続を要することにより弁護人等が待機することになり又はそれだけ接見が遅れることがあったとしても、それが合理的な範囲内にとどまる限り、許容されているものと解するのが相当である(最高裁平成三年五月三一日第二小法廷判決・裁判集民事一六三号四七頁、以下「三年五月三一日判決」という。)。

(二) 一月二六日の経過

(1) 右同日、原告内田が新宿署において午前九時三五分ころから同五五分ころまでの間に原告遠藤に対する接見の申出をしてから同一〇時三〇分ころ増田検事に電話を掛け同検事と話をするまで約三五分ないし五五分間の経過があったことは、前記第二の二3(二)に摘示のとおりである。

(2) そこで、右時間の経過が生じた原因について考察するに、〈証拠略〉によれば、柏谷警部補は、山田警部補から、原告内田に対し増田検事に電話をするように頼んでもらえないかと言われて、原告内田と応対したこと、柏谷警部補は五、六回原告内田に増田検事に電話を入れるように頼んだが、原告内田はこれに応じなかったこと、原告内田は柏谷警部補の要請に対し「用事があるのなら検事の方から電話してくるのが当たり前で、自分の方から電話するのはおかしい」旨述べたこと、結局原告内田は一〇時三〇分ころ新宿署二階の接見受付コーナーに設置されている公衆電話から増田検事に電話を掛け、通話したことが認められる。

原告内田は「柏谷警部補に対し、増田検事に電話を掛けてくれれば、私はその電話に出る旨話したところ、柏谷警部補は右申出を了承した」旨供述するが、証人柏谷はそのような事実があったことを否定している上、増田検事は弁護士の方から自分に電話をするように山田警部補に指示をし、柏谷警部補は山田警部補を通じて増田検事の指示事項を聞いて原告内田に応対したことが認められ(〈証拠略〉)、柏谷警部補が、右指示と異なる取扱いをするとは考えにくいから、原告内田の右供述部分は採用できない。

(3) 右事実によれば、前記のような時間の経過の主な原因は、原告内田が増田検事に自分の方から電話を掛けることを拒否していたためであると認められるところ、弁護人が被疑者の留置場所に直接赴き接見を申し出た場合、留置担当者からその旨の連絡を受けた担当検察官において、直ちに当該被疑者の取調状況等を聴取した上、接見の日時等を指定する要件があると判断し、当該弁護人と協議するために、弁護人の方から検察官に電話を入れるように指示することは、当該弁護人が待機している場所又はその近くに公衆電話の設備があって、弁護人から検察官に電話を掛けることが特段の不便、負担を負わせるものであると認められない限り、当該検察官の裁量に属する措置としてこれを是認すべきものであり、違法な措置ということはできない。

後記のとおり、当日の原告内田の接見申出については接見指定の要件があったことが認められ、新宿署の接見受付コーナーには公衆電話が設置されていたのであるから、原告内田の方から増田検事に電話を掛けることに特段の支障があったものとは認められず、右電話を掛けることを拒否していたために前記手続に要する合理的な時間の範囲を越える時間が経過したとしても、これをもって違法な措置があったということはできない。

(三) 一月三一日の経過

(1) 右同日、原告内田が中野署において午前八時五〇分ころ原告千葉に対する接見の申出をしてから同九時五〇分ころ増田検事が池田事務官を通して接見指定の連絡をするまで約一時間の経過があったことは、前記第二の二3(三)に摘示のとおりである。

(2) そこで、右時間の経過が生じた原因について考察するに、〈証拠略〉によれば、原告内田から接見申出を受けた後、磯辺警部は五回くらい東京地検に電話を掛けたが、増田検事は出勤の途中であり連絡が取れなかったこと、検察官の執務時間は午前八時三〇分からであったが、本件当時東京地検公安部において担当検察官が不在のため連絡がつかない場合の対応措置について態勢が整備されていなかったこと、増田検事は、同日午前九時三〇分ころ登庁して池田事務官から原告内田が同千葉との接見を申し出ている旨を聞き、新井警部に電話を掛け、接見を申し出ている者が原告内田本人かどうか、原告千葉が取調べ中かどうか確認するように依頼したこと、同九時四〇分ころ新井警部から、原告内田が看守のそばにいて、原告千葉を房から出すと弁護士の目の前を通すことになるので出房を控えているが、原告千葉の取調べのため新宿署から赴いた取調官は取調室で待機している旨の回答があったので、増田検事は、速やかに接見させることが妥当であると判断し、他の事件の関係で打合せ中であったため、池田事務官を通して接見の日時等の指定を連絡したことが認められる。

(3) ところで、増田検事は、本件被疑事件の被疑者と弁護人との接見について、前記1(一)(4)に認定のとおりの指示・依頼をしていたのであるが、本件当時東京地検公安部において、担当検察官が不在のため留置担当者から当該検察官に接見申出に関する連絡ができない場合の組織的な態勢が整備されていなかったことを認識していたのであるから、右のような一般的指示をした以上、検察官としては、通常の自分の登庁時刻等を考え、出勤途上の時間帯に弁護人から接見の申出があり、自分に連絡がつかなかった場合等には、警察の捜査主任官である新井警部の措置にゆだねる等の対処方法を指示し、担当検察官が不在のため連絡がつかないという一事をもって弁護人を待機させることのないよう適切な措置を講ずべき義務があったというべきである。

(4) これを本件についてみると、原告内田が接見を申し出てから増田検事が登庁した午前九時三〇分ころまで待機を余儀なくされたのは、増田検事が接見について前記のような指示・依頼をしながら、自分に連絡がつかない場合の接見申出に対する速やかな対処の措置を講じていなかったことに主な原因があったものと認められるから、このような待機時間を生じさせた増田検事の不作為は違法というべきである。

(5) もっとも、〈証拠略〉によれば、東京地検公安部において本件以前に弁護人が担当検察官に事前の連絡なくして直接被疑者の留置場所に赴き接見の申出をした事例はほとんどなかったことが認められるが、前示のとおり、接見の日時等の指定はあくまで必要やむを得ない例外的措置であることにかんがみれば、検察官として、前記のような一般的指示・依頼をする以上、弁護人が事前の連絡なくして、執務時間開始後直接被疑者の留置場所に赴き接見の申出をする可能性のあることを予測し得なかったとはいえず、これに対する対処の措置を講じていなかったことについて過失がなかったということはできない。

(四) 二月六日の新宿署における経過

(1) 右同日、原告小島が新宿署において午前八時三〇分ころから同五〇分ころまでの間に原告遠藤に対する接見の申出をしてから同一〇時三〇分ころ増田検事と電話で話をするまで約一時間四〇分ないし二時間の経過があったことは、前記第二の二3(四)に摘示のとおりである。

(2) そこで、右時間の経過が生じた原因について考察するに、〈証拠略〉によれば、原告小島は、接見申出後、応対に出た看守係員から、原告遠藤は取調べ中であり、増田検事に連絡してほしいと言われたが、自分の方から連絡することを拒んでいたこと、一方、増田検事は、同日午前九時三〇分ころ登庁し、そのころ新井警部から原告小島が同遠藤との接見を申し出ている旨及び原告遠藤は現在取調べ中であり夕方まで取調べを続ける予定である旨の電話連絡を受け、接見の日時等を指定する必要があると判断し、新井警部に、原告小島の方から直接自分に電話をするように伝言を依頼したこと、原告小島は、午前九時三〇分過ぎころ応対に出た看守係員から、再度、原告遠藤は取調べ中であるから、接見については直接増田検事に電話連絡してもらいたい旨を告げられたが、原告小島が増田検事に電話をしたのは同日午前一〇時三〇分ころであったことが認められ、原告小島の供述中、右認定に反する部分は採用できない。

(3) 右事実関係の下においては、増田検事が登庁する午前九時三〇分ころまでの間、原告小島から接見の申出がある旨の連絡が増田検事につかなかったことは客観的事実であるが、原告小島が接見の申出をしたころには原告遠藤に対する取調べが始まっており(前記第二の二3(四)(3))、原告小島は、看守係員からその事実を告げられ、接見については増田検事に直接連絡をするようにという要請を受けながら、自ら連絡することを拒み、午前一〇時三〇分ころまで増田検事に電話を掛けなかったのであり、新宿署二階の接見受付コーナーには公衆電話が設置されていることは前示のとおりであるから、原告小島が同遠藤との接見の目的を果たせないまま午前一〇時三〇分ころまで経過したことについては、増田検事が登庁し、新井警部と連絡がとれるまでの時間の経過だけを取り上げて、その非を鳴らすのは相当でないというべきである(なお、原告小島は、一月三一日の原告内田の接見の経緯を聞知し、事に臨んだことが窺われる。〈証拠略〉)。

後記のとおり、当日の原告小島の接見の申出については接見指定の要件があったことが認められ、原告小島の方から増田検事に電話を掛けることに特段の支障があったものとは認められないから、原告小島が接見の申出をしてから増田検事と電話で話をするまでの時間の経過をもって違法な措置があったということはできない。

(五) 二月六日中野署における経過

(1) 右同日、原告小島が中野署において午前一一時ころ原告千葉に対する接見の申出をしてから同一一時二〇分ころ増田検事に電話を掛け同検事と話をするまで約二〇分間の経過があったことは、前記第二の二3(五)に摘示のとおりである。

(2) そこで、右時間の経過が生じた原因について考察するに、〈証拠略〉によれば、増田検事は、同日午前一一時ころ、中野署の磯部警部の報告を受けた新井警部から、原告小島が同千葉との接見を申し出ている旨及び原告千葉は現在取調べ中であり夕方まで取調べを続ける予定である旨の電話連絡を受け、接見の日時等を指定する必要があると判断し、新井警部に、原告小島の方から直接自分に電話をするように伝言を依頼したこと、新井警部からその旨の連絡を受けた磯部警部は、原告小島に対し、増田検事に直接電話して接見について協議してもらいたい旨を告げたところ、原告小島は、中野署一階のロビーにある公衆電話を使い、増田検事に電話を掛けたことが認められる。

(3) 右事実によれば、原告小島が接見を申し出てから増田検事と電話で話をするまでの約二〇分間の時間は、前記手続に要する合理的な範囲内の時間ということができるから、このような時間の経過をもって違法な措置があったということはできない。

3 接見指定権行使の要件存否について

(一) 一月二六日の接見指定について

(1) 〈証拠略〉によれば、右同日、原告遠藤は午前一〇時一〇分ころ取調べのため留置場から出されたこと、原告遠藤は、逮捕・勾留の期間中二月八日(日曜日)を除き連日取調べを受けており、一月二六日(月曜日)の午後一時五分ころから二時一五分ころまで取調べを受け、同日午前中の取調べの必要性がなかったことを窺わせる特別の事情はなかったこと、午前の取調べは通常一〇時から一一時三〇分ころまで行われていたこと、一般に留置人を留置場から出場させる要請は実際に出場する時刻の一〇分ないし二〇分前にあることが認められる。

右事実によれば、一月二六日新宿署では同日午前中原告遠藤を取り調べる確実な予定があり、原告内田が接見の申出をした九時三五分ころから五五分ころまでの間に捜査官において右取調べを行う態勢ができていて、原告内田の希望する接見を認めると右取調べを予定どおり開始できなくなるおそれがあったと認められる。

(2) 原告遠藤は、身柄拘束を受けている間の取調べの実態は、黙秘の態度を示している原告遠藤に対し捜査官が一方的に雑談を仕向けるというもので、被疑事実に関係する取調べはほとんど皆無であった。一月二六日の午前は留置場を出されてから取調室ではない空き部屋に連れていかれ、手錠のままうろうろしていたのであり、取調べは行われていなかった旨供述する。

しかしながら、〈証拠略〉によれば、原告遠藤は、人定事項及び事実関係について黙秘していたため、捜査官としては、その生い立ち、経歴、家族・交友関係、趣味嗜好あるいは人生観など種々の角度から取調べの話題を作り、対話を重ねることで原告遠藤の気持ちをほぐしていく必要があると判断し、取調べに臨んでいたこと、本件被疑事件は労使間の長年にわたる紛争を背景に持つ事案であり、事実関係及び情状の両面につき被疑者から真相に迫る供述を得る必要性があるという方針の下に捜査していたことが認められるから、取調べの内容が雑談中心のように原告遠藤に感じられたとしても、捜査官においては、原告遠藤に対する取調べの必要性があり、真剣に取調べを行っていたものと認められる。

さらに、一月二六日午前中の行動についての原告遠藤の供述は、その日に限り留置場から連れ出した警察官の人相、体格を具体的に記憶している等不自然な点があるものの、同日の留置人出入簿(〈証拠略〉)によると、午後については「保2」と連行場所が記載されているのに、午前についてはその記載が空白になっており、原告遠藤が通常の取調室と異なる部屋に連れていかれた可能性を否定することはできない(この点は、〈証拠略〉の記載と対照しても異例のことである。)。しかし、仮に、原告遠藤が供述するような落ち着かない状況があったとしても、増田検事により原告内田と同遠藤との接見が認められて取調べが中断することを慮った捜査官が、増田検事の判断によりいつでも接見させられるような態勢で取調べをしていたと理解することができるから、接見を妨害するため捜査官が取調べの外形を装っていたと見ることはできない。以上の認定に反する原告遠藤の供述部分は採用できない。

(3) 以上の事実によれば、一月二六日の原告内田の同遠藤との接見の申出については、その申出の時点において、間近い時に被疑者の取調べをする確実な予定があって、弁護人の必要とする接見を認めたのでは、右取調べが予定どおり開始できなくなるおそれがあったと認められるから、捜査の中断による支障が顕著な場合に当たるというべきである。したがって、増田検事が接見指定権を行使するとして、原告内田からの電話連絡を待って協議しようとした措置は相当であり、違法な点はない。

(4) なお、弁護人が被疑者の留置場所に直接赴いて接見の申出をした場合、その申出の時点と検察官が実際に当該接見の申出があることを知った時点との間に時間の経過及びこれに伴う状況の変化が生ずることがあり得るが、捜査機関は、弁護人から被疑者との接見の申出があったときは、原則としていつでも接見の機会を与えなければならないのであり、接見の日時等の指定はあくまで必要やむを得ない例外的措置であることにかんがみれば、具体的指定の要件の存否は、弁護人が捜査機関に接見の申出をした時点を基準に判断すべきものである(三年五月一〇日判決参照)。

(二) 一月三一日の接見指定について

(1) 〈証拠略〉によれば、右同日(土曜日)、原告千葉については、新宿署の捜査官が中野署に出向いて午前九時ころから取り調べる確実な予定があり、右取調べのため新宿署の捜査官が同九時前に中野署に到着していたこと、同八時五〇分ころ原告内田から接見の申出があり、同原告が看守のそばにいるため原告千葉を房から出すことを控え、増田検事が新井警部から報告を受けた同九時四〇分ころの段階でも原告千葉の取調べは行われていなかったが、捜査官は取調室で待機していたこと、同日原告千葉については、原告内田との接見が終了した後である同一〇時三五分ころから一一時二〇分ころまで、午後三時一二分ころから四時二五分ころまで及び午後六時三五分ころから七時五七分ころまで取調べが行われたことが認められる。

原告千葉は、警察官の取調べは世間話、天気の話、歌舞伎町の話等の雑談に終始した旨供述するが、〈証拠略〉によれば、原告千葉は完全に黙秘していたわけではないものの、一月中は事実関係についてほぼ黙秘の状態であり、捜査官は、前記のような捜査方針の下に、原告千葉の気持ちをほぐして供述を得る必要性が大きいと判断して取調べに臨んでいたことが認められるから、取調べの内容が雑談中心のように原告千葉に感じられたとしても、捜査官においては、原告千葉に対する取調べの必要性があり、真剣に取調べを行っていたものと認められる。

(2) 右事実によれば、一月三一日の原告内田の同千葉との接見の申出については、その申出の時点において、間近い時に被疑者の取調べをする確実な予定があって、弁護人の必要とする接見を認めたのでは、右取調べが予定どおり開始できなくなるおそれがあったと認められるから、捜査の中断による支障が顕著な場合に当たるというべきである。したがって、増田検事が接見指定権を行使するとした措置は相当であり、この点に違法はない。

(三) 二月六日新宿署における接見申出時の状況

(1) 右同日、原告遠藤に対する取調べは午前八時二三分ころ開始され、原告小島が接見の申出をした時点においてはその取調べ中であったことは前記第二の二3(四)に摘示のとおりである。

原告遠藤は、そのころは捜査官がとにかく自分を留置場から連れ出して取調室に連れて行き、ただ見張っているという感じで、調べらしい調べは全くなかった旨供述するが、〈証拠略〉によれば、前日の二月五日には警察の捜査官による参考人の取調べが終了し、同月一二日の勾留満期を六日後に控え、捜査官は、右取調べの結果を踏まえた取調べとして、原告遠藤の供述を得るための努力をしていたことが認められるから、右原告遠藤の供述部分は採用できない。

そして、本件被疑事件の内容及び右捜査の状況に照らし、原告遠藤には雑談中心の取調べのように感じられたとしても、捜査官において真剣に取調べを行っていたものと認められることは前示(一)(2)と同様である。

(2) そうすると、二月六日の原告小島の同遠藤との接見の申出については、その申出の時点において、原告遠藤を現に取調べ中であり、捜査の中断による支障が顕著な場合に当たるというべきである。したがって、増田検事が接見指定権を行使するとして、原告小島からの電話連絡を待って協議しようとした措置は相当であり、違法な点はない。

(四) 二月六日中野署における接見申出時の状況

(1) 右同日、原告千葉に対する取調べは午前八時一六分ころ開始され、原告小島が接見の申出をした時点においてはその取調べ中であったことは前記第二の二3(五)に摘示のとおりである。

そして、本件被疑事件の内容及び前記(三)(1)に認定の捜査の状況に照らし、原告千葉には雑談中心の取調べのように感じられたとしても、捜査官において真剣に取調べを行っていたものと認められることは前示(二)(1)と同様である。

(2) そうすると、二月六日の原告小島の同千葉との接見の申出については、その申出の時点において、原告千葉を現に取調べ中であり、捜査の中断による支障が顕著な場合に当たるというべきである。したがって、増田検事が接見指定権を行使するとして、原告小島からの電話連絡を待って協議しようとした措置は相当であり、違法な点はない。

(五) 二月九日新宿署における接見申出時の状況

(1) 右同日、原告遠藤に対する午後の取調べは一時八分ころ開始され、原告小島が新宿署に赴き接見の申出をした時点においてはその取調べ中であったことは前記第二の二3(七)に摘示のとおりである。

そして、本件被疑事件の内容及び捜査の状況に照らし、捜査官において真剣に取調べを行っていたものと認められることは前示(三)(1)と同様である。

(2) そうすると、原告小島が右接見の申出をした午後二時一〇分ころには、原告遠藤は現に取調べ中であり、捜査の中断による支障が顕著な場合に当たるというべきである。

(六) 二月九日中野署における接見申出時の状況

(1) 右同日、原告千葉に対する午後の取調べは一時ころ開始され、原告小島が中野署に赴き接見の申出をした時点においてはその取調べ中であったことは前記第二の二3(八)に摘示のとおりである。

そして、本件被疑事件の内容及び捜査の状況に照らし、捜査官において真剣に取調べを行っていたものと認められることは前示(四)(1)と同様である。

(2) そうすると、原告小島が右接見の申出をした午後二時五〇分ころには、原告千葉は現に取調べ中であり、捜査の中断による支障が顕著な場合に当たるというべきである。

4 二月七日及び同月九日の増田検事の措置(具体的指定書により接見の日時等を指定するとすることについて)

(一) 弁護人等から接見等の申出を受けた捜査機関は、直ちに、当該被疑者について申出時において現に実施している取調べ等の状況又はそれに間近い時における取調べ等の予定の有無を確認して具体的指定要件の存否を判断し、合理的な接見等の時間との関連で、弁護人等の申出の日時等を認めることができないときは、改めて接見等の日時等を指定してこれを弁護人等に告知する義務があるというべきである。そして、捜査機関が右日時等を指定する際いかなる方法を採るかは、その合理的裁量にゆだねられているものと解すべきであるから、電話などの口頭による指定をすることはもちろん、弁護人等に対する書面(いわゆる接見指定書)の交付による方法も許されるものというべきであるが、その方法が著しく合理性を欠き、弁護人等と被疑者との迅速かつ円滑な接見交通が害される結果になるようなときは、それは違法なものとして許されない(三年五月一〇日判決)。

(二) 二月七日の経緯

(1) 〈証拠略〉によれば、増田検事は、右同日前示第二の二3(六)(2)の電話連絡において、原告小島に対し、接見の指定は指定書で行うので事務員で構わないから自分のところに取りに来てほしい旨告げたこと、原告小島はこれに対し特に反対等の意見を述べることなく電話を終えたこと、増田検事は、弁護人に具体的指定書を交付した時点でその旨を警察に連絡することにしていたから、原告小島との右電話連絡の内容について新井警部に何も連絡していなかったことが認められる。

(2) 原告小島は、増田検事から指定書を取りに来てくださいと言われたが、接見の指定は書面で行うと言われたことはなく、二月七日の時点で口頭による指定があったと理解していた、また、指定書を取りに行く義務はないから行かないと言った旨供述する。

しかし、〈証拠略〉によれば、増田検事は、一月二三日か二四日ころ原告遠藤及び同千葉の弁護人である二人の弁護士に対し、接見を希望する時には事前に連絡をしてほしい、指定をする場合には指定書で指定するので取りに来てほしい旨要請したこと、一月二六日には原告内田に電話で直接、同月三一日には原告内田の事務所に電話を掛け右電話に出た者に、二月六日には原告小島に電話で直接、その都度接見の指定は指定書で行うので、事務員で構わないから取りに来させてそれを持参してほしい旨説明し、要請したこと、原告小島は、二月六日の増田検事との電話での応答によって、指定書で接見の日時等を指定するという増田検事の考え方を確認していることが認められるから、二月七日の電話連絡の際に増田検事が具体的指定書を交付する方法により指定する旨を原告小島に告知しなかったとは到底考えられず、口頭で接見の指定があったと理解していた旨の原告小島の供述部分は採用できない。

さらに、原告小島が指定書を取りに行く義務はないから行かないと言ったという点についても、もし二月七日の電話連絡の際原告小島が右のような反論をしたとすれば、増田検事は、当然これに対して再度、指定書によって指定する旨の取扱方針を説明し、原告小島との間で議論が続いたはずであり(原告小島から一五分間の接見では短いという異議が出そうなものであるが、その形跡もない。)、そのことを記憶しているものと考えられるところ、証人増田は、二月七日にはすんなりと電話を終え、二月九日の接見を指定するための具体的指定書を作成したように思う旨供述しているのであり、これと対比して原告小島の右供述部分は採用できない。

(3) 以上によれば、二月七日の増田検事の原告小島に対する電話連絡の趣旨は、口頭で二月九日の接見を指定したものではなく、あくまでも同日の接見に関する事前の連絡調整が行われたものであって、右電話連絡では検察官の処分としての指定の効力は生ぜず、増田検事が原告小島に具体的指定書を交付した時点で初めて指定の効力が生ずることになるものであり、増田検事がこのような見解の下に右電話で応対していたことは原告小島において十分認識していたというべきである。

(三) 増田検事の措置について

(1) そこで、増田検事が二月七日(土曜日)の午前中原告小島に対し、具体的指定書を交付する方法により接見の日時等を指定しようとしたことが違法か否か検討するに、原告小島が同遠藤及び同千葉との接見を予定していたのは二日後の二月九日(月曜日)の午後であって、間に八日の日曜日を挟むとはいえ、自ら又はその事務所の事務員等が千代田区霞が関の東京地検まで指定書を取りに行くのに十分な時間的余裕があったのであるから、原告小島が勤務していた法律事務所が八王子市にあることを考慮に入れても、新宿署及び中野署における二月九日午後の接見について具体的指定書による指定の方法が著しく合理性を欠くものであるとは認められない。

したがって、具体的指定書を交付する方法により接見の日時等を指定するとし、右指定書を受け取りに来ることを要求した増田検事の措置に違法はない。

(2) そして、二月七日に口頭による接見の指定が行われたものと認めることはできず、原告小島がこれを認識しながら、具体的指定書の交付を受けなかったことは前示(二)(3)のとおりであって、二月九日原告小島が新宿署及び中野署において申し出た接見は事前の指定を受けたものではなく、事態は何らの事前連絡なく直接被疑者の留置場所に赴いて接見を申し出た場合と異ならないのであるから、具体的指定書を持参していないことを理由に接見を拒否された旨の原告らの主張は理由がない(なお、二月九日原告小島の各接見申出の時点で接見指定の要件が備わっていたことは、前示3(五)(2)及び同(六)(2)に説示のとおりである。)。

5 本件各接見申出に対する増田検事の措置(弁護人との協議義務について)

(一) 前示のとおり、捜査機関は、弁護人等から被疑者との接見等の申出があった場合において、弁護人等の必要とする接見等を認めたのでは捜査機関の現在の取調べ等の進行に支障が生じたり又は間近い時に確実に予定している取調べ等の開始が妨げられるおそれがあることが判明したときは、直ちに接見等を認めることなく、弁護人等と協議の上、右取調べ等の終了予定後における接見等の日時等を指定することができるのであるが、その場合でも、弁護人等ができるだけ速やかに接見等を開始することができ、かつ、その目的に応じた合理的な範囲内の時間を確保することができるように配慮すべきであり、右合理的な接見等の時間との関連で、弁護人等の申出の日時等を認めることができないときは、改めて接見等の日時等を指定してこれを弁護人等に告知する義務があるというべきである(三年五月一〇日判決)。

(二) 一月二六日の接見指定について

(1) 〈証拠略〉によれば、右同日、原告遠藤に対する取調べは午前一〇時一〇分ころから始まっていたところ、増田検事は、原告遠藤の取調状況等を調査の結果、原告内田が右取調べ開始前に接見の申出をしていたこと、原告内田に対し看守が接見させることを認める趣旨の発言をした可能性を否定できない感触を得たことなどの事情を考慮して、今回は原告遠藤の取調べを中断して接見させることが妥当であると判断し、前示第二の二3(二)(4)のとおり、電話で午前一一時から一一時三〇分までの間の一五分間接見させる旨の指定をしたこと、これに対し原告内田は、前示のような抗議をしたが、右指定により、午前一一時二分ころから一一時一七分ころまで原告遠藤と接見しことが認められる。

(2) 右事実及び前示3(一)の事実によれば、一月二六日、増田検事としては、他の接見の日時等を指定することについて原告内田と協議することも可能であったが、現在行われている取調べを中断することとして速やかな接見のための時間を指定したものと評価できるところ、このような場合には、接見の時間については原則として指定権者である検察官の健全な裁量にゆだねられるべきであって、右裁量権の行使が著しく合理性を欠く場合に限り違法となるものと解するのが相当である。

(3) これを本件についてみるに、増田検事は、直ちに接見させるべきであるという原告内田の申出に対し、ほぼ一方的に一五分間の接見時間を指定したものであるが、〈証拠略〉によれば、本件当時接見の時間を指定する場合、裁判官も検察官もおおむね一五分間又は二〇分間と指定することが多かったこと、増田検事も通常の接見時間で足りると思われる場合には右の運用に従って接見時間を指定していたこと、一月二六日の接見については原告内田から事前の連絡がなかったことから、増田検事は原告内田には通常の時間を超える接見を必要とする特別の事情はないものと判断したことが認められる。

右事実関係の下において、増田検事が接見時間を一五分間と指定したことは、裁量権の行使として著しく合理性を欠くものとはいえないから、右の措置をもって違法ということはできない。

(三) 一月三一日の接見指定について

(1) 〈証拠略〉によれば、右同日、増田検事は、原告千葉の取調べ予定状況等を調査の結果、原告内田が取調べ開始予定時刻前に接見の申出をしており、一月二六日ほぼ同様の経緯で原告遠藤についてはその取調べを中断して接見の指定をしたこと、この段階で接見の指定をめぐり弁護人との信頼関係を不必要に悪化させるのは今後の捜査の進行上好ましくないことなどの事情を考慮して、予定されている原告千葉の取調べに先立ち、直ちに接見させることが妥当であると判断し、前示第二の二3(三)(2)、(3)のとおり、電話で池田事務官を通して午前九時五〇分から一〇時二〇分までの間の一五分間接見させる旨の指定をしたこと、これにより、原告内田は午後九時五五分ころから原告千葉と接見したことが認められる。

(2) 右事実及び前示3(二)の事実によれば、一月三一日、増田検事は、原告内田に対し、一方的に一五分間の接見時間の指定を連絡したものであるが、〈証拠略〉によれば、増田検事は、接見については事前に連絡するようにという一月二六日の接見の際の要請にかかわらず、一月三一日の接見について原告内田から何ら事前の連絡がなかったことから、原告内田には当時の通常の指定時間(一月二六日の接見指定の際の一五分間)を超える接見を必要とする特別の事情はないものと判断したことが認められる。

右事実関係の下において、増田検事が接見時間を一五分間と指定したことは、裁量権の行使として著しく合理性を欠くものとはいえないから、右の措置をもって違法ということはできない。

(四) 二月六日新宿署における原告小島の接見申出に対する増田検事の措置について

(1) 〈証拠略〉によれば、前示第二の二3(四)(2)のとおり、原告小島は、電話で増田検事に対し、原告遠藤と今すぐ会わせてほしい旨要求したこと、増田検事は、原告遠藤は現在取調べ中であり終日取調べの予定があるので、今日の接見は見合わせてもらいたい、明日(二月七日)以降であれば調整して接見できるように対応する旨答えたこと、この要請に対し、原告小島は、明日以降は全部だめであると述べ、今すぐ会わせてもらいたい旨の要求を繰り返し、そのやり取りの中で昼の食事の時間に接見させるように要求したこと、増田検事は、右の要求には応じられないとして、原告遠藤との接見を二月七日以降の日時に指定しようとしたが、結局物別れに終り、具体的日時の指定に至らなかったことが認められる。

(2) そこで、右事実関係の下において、まず、原告遠藤について終日取調べの予定があるとして、原告小島と同遠藤との接見につき、当日の取調べ終了予定後とする指定をせず翌日以降の日時を指定しようとした増田検事の措置が違法か否か判断する。

〈証拠略〉によれば、原告遠藤及び同千葉の勾留満期は二月一二日であったところ、増田検事としては、日曜日(八日)及び祭日(一一日)を間に挟む関係で、同月一〇日には事実上本件被疑事件の捜査を終える必要があると考えて予定を組み、七日及び一〇日には検察官による取調べを予定していたため、警察の捜査官が原告遠藤及び同千葉の取調べを行えるのは事実上六日と九日だけであったこと、原告小島は、今すぐ会わせろという要求や昼休みに会わせろという要求、抗議を繰り返し、当日の取調べ終了予定後の接見を希望していたものではないことが認められる。

右事実によれば、警察の捜査官による原告遠藤の取調べは最終段階に入っていたため、当日の取調べが長時間に及ぶ可能性もないわけではなく、増田検事において、取調べ終了予定時刻を予測することは不可能であり、捜査官に対し取調べ終了予定時刻を問い合わせる等のことをすることなく、予定どおり取調べを続けさせる必要性が高いと判断したことをもって、不当なものということはできない。したがって、接見の日時を当日の取調べ終了予定後と指定せず翌日以降と指定しようとした増田検事の措置は、相当というべきであって、違法ということはできない。

付言するに、取調べ終了予定後の接見は、執務時間(〈証拠略〉によれば、午前八時三〇分から午後五時一五分までと認められる。)外に及ぶ可能性が高いものであるところ、監獄法施行規則一二二条によれば、接見は執務時間外には許されないのが原則であり、例外的に弁護人が直ちに被疑者と接見しなければならない必要性及び緊急性が認められる場合にのみ接見が許されるのであって、本件においてはいまだ右必要性及び緊急性を見いだすことができないから、この点からしても、増田検事の措置は違法ということができない。

(3) 次に、接見の日時を昼の食事時間又は食事後の休息時間とする指定をしなかった増田検事の措置が違法か否か判断するに、前示第二の二3(四)(3)のとおり、当日の取調べは、昼食時間及びそれに引き続く休息の時間を挟み、午前八時二三分ころから午後四時一〇分ころまで続いたものであり、右時間帯は、右取調べの時間と一環するか、そうでなくとも密接不可分の関係にあることが認められるから、増田検事が接見の日時を右時間帯と指定しなかったからといって、この措置を違法とすることはできない。

(五) 二月六日中野署における原告小島の接見申出に対する増田検事の措置について

(1) 〈証拠略〉によれば、前示第二の二3(五)(2)のとおり、原告小島は、電話で増田検事に対し、原告千葉と今すぐ会わせてほしい旨要求したこと、増田検事は、原告千葉は現在取調べ中であり夕方まで取調べの予定があるので、今日の接見は見合わせてもらいたい、明日(二月七日)以後本当に都合のよい時間はないのか否か尋ねたこと、これに対し、原告小島は、明日以降は全部だめであると述べ、今すぐ会わせてもらいたい旨の要求を繰り返し、そのやり取りの中で昼の食事の時間に接見させるように要求したこと、増田検事は、右の要求には応じられないとして、原告千葉との接見を二月七日以降の日時に指定しようとしたが、結局物別れに終り、具体的日時の指定に至らなかったことが認められる。

(2) 右事実及び当日の原告千葉に対する取調べの状況(前示第二の二3(五)(3))の下においては、前示(四)(2)及び同(3)に述べたのと同様の事情が認められるから、原告小島の接見の申出に対し増田検事の採った措置に違法な点があると認めることはできない。

(六) 二月九日の新宿署及び中野署における原告小島の接見申出に対する増田検事の措置について

(1) 原告小島が、二月七日に口頭による接見の指定が行われたものではないことを認識しながら、あえて具体的指定書の交付を受けずに、二月九日新宿署及び中野署において各接見申出をしたものと認められることは前示4(二)のとおりである。

(2) そして、同日の原告小島と増田検事との応酬は前示第二の二3(七)(2)及び同(八)(2)のとおりであり、当日の原告遠藤及び同千葉に対する取調状況は同(七)(3)及び同(八)(3)のとおりである。

(3) 以上の事実関係の下においては、原告小島は、誠実にその権利を行使したものと認めることはできないのであって、同日の原告遠藤及び同千葉に対する取調べを突然中断して、原告小島の接見を認めるべき特段の事情があったものと認めることはできない。

以上の次第であるから、同日原告小島と同遠藤及び同千葉との接見ができなかったことについて、増田検事の措置に違法のかどがあるものということはできない。

三 留置担当者らの行為の違法性

1 弁護人の接見申出を被疑者に告知する義務について

原告らの主張する弁護人の接見申出を被疑者に告知すべき義務は、被疑者に弁護人の援助を受けるか、捜査官の取調べを受けるかの自由な選択権があることを前提とするものと解されるところ、弁護人との接見交通権は、身体を拘束された被疑者が弁護人の援助を受けることができるための刑事手続上最も重要な基本的権利に属するものであるが、憲法三四条前段の保障の趣旨からは、右権利といえども捜査の必要との調和を図る上からの制約を免れないものであることは前示のとおりであり、刑訴法三九条三項に基づき、捜査機関において接見等の日時、場所及び時間を指定する要件がある場合には、接見等が制限されてもやむを得ないのである。

そうすると、被疑者の接見交通権は、いついかなる場合でも被疑者が希望する時刻に弁護人と接見できるという権利ではなく、被疑者はあくまでも接見等の日時等を指定する要件のない場合に限り希望どおり弁護人と接見することができるにとどまるから、被疑者に弁護人の援助を受けるか、捜査官の取調べを受けるかの自由な選択権があるということはできない。

したがって、被疑者が右選択の自由を持つことを前提にする右告知義務を認めることはできず、原告らの主張は前提を欠く。

2 独自に接見指定の要件を判断して接見させるべき義務について

接見等の日時、場所及び時間を指定する権限を有する者(接見指定権者)につき、刑訴法三九条三項は「検察官、検察事務官又は司法警察職員」と規定するが、事件が検察庁に送致された後は司法警察職員による捜査が行われていても、司法警察職員には独自の指定権はないものと解するのが相当である。さらに、代用監獄である警察署の看守係員は捜査を担当しておらず、そもそも接見等の日時等を指定する要件の存否について判断できる立場にない。

それゆえ、前示のとおり、弁護人等から接見等の申出を受けた者が接見等の日時等の指定につき権限のある捜査官でないため接見等の日時等を指定する要件の存否について判断できないときは、権限のある捜査官に対し右の申出のあったことを連絡し、その具体的措置について指示を受ける等の手続を採る必要があり(三年五月三一日判決)、かつ、接見等の申出を受けた看守係員は右手続を採れば足りるものというべきである。

したがって、看守係員が独自の判断で速やかに被疑者と弁護人との接見をさせなかったとしても、何ら違法ということはできない。

3 接見申出を接見指定権者に取り次ぐ義務について

(一) 本件被疑事件の被疑者と弁護人との接見については、前示二1(一)(4)に認定のとおり、増田検事から、接見の日時等を指定することがあるので、増田検事の指定を受けないで弁護人が直接警察署に来て接見を申し出ることがあれば、その弁護人から同検事に電話を入れるように対応してほしい旨の指示が出ていたところ、前示のとおり、本件の事実関係の下においては右増田検事の措置に違法はなく、また、前示二の各争点に対する判断の過程で認定してきた事実経過によれば、新宿署及び中野署の留置担当者らは、本件各接見申出について、その都度増田検事に対する速やかな連絡の手続を採っていたことが認められる。以下、この点について補足する。

(二) 一月二六日の経緯

右同日、原告内田が新宿署において接見を申し出た後の経過は前示二2(二)(2)に認定のとおりであるところ、柏谷警部補は、増田検事の指示に基づき、原告内田に対し増田検事に電話するよう再三要請していたものであり、柏谷警部補の対応をもって違法ということはできない。

(三) 二月六日新宿署における経緯

右同日、原告小島が新宿署において接見を申し出た後の経過は前示二2(四)(2)に認定のとおりであるところ、新宿署の看守係員は、新井警部を通じて増田検事の指示に基づき、原告小島に対し増田検事に連絡を取るように再三要請していたものであり、この対応をもって違法ということはできない。

(四) 二月六日中野署における経緯

右同日、原告小島が中野署において接見を申し出た後の経過は前示二2(五)(2)に認定のとおりであるところ、磯部警部は、新井警部を通じて増田検事の指示に基づき、原告小島に対し増田検事に連絡を取るように告げたものであり、右磯部警部の対応をもって違法ということはできない。

(五) 二月九日の新宿署及び中野署における経緯

〈証拠略〉によれば、右同日、新宿署及び中野署において、原告小島の接見の申出に応対した看守係員は、原告小島の方から増田検事に連絡を取るように頼んだこと、原告小島は、この要請に応じて増田検事と具体的指定書による接見の指定をめぐり議論したことが認められるのであって、右看守係員らの対応をもって違法ということはできない。

四 損害について

以上によれば、本件各接見申出に対する増田検事及び留置担当者らの措置のうち、一月三一日中野署において原告内田が同千葉との接見の申出をした際、増田検事が登庁していなかったため連絡がつかず、その時間の分原告内田を待たせたことは、接見の申出の連絡等の手続に要する合理的な範囲内の時間を超えて弁護人を待機させた措置として、増田検事の違法行為となるところ、これによる原告内田の精神的損害の有無について判断する。

前示第二の二3(三)摘示のとおり、原告内田は、接見の申出をしてから約一時間待たされた上、増田検事から一方的に池田事務官を通して接見指定をされたのであるから、増田検事の措置に対する憤まんがあったことは容易に想像できる。もっとも、〈証拠略〉によれば、当日増田検事は、いつもどおりの出勤時間帯に登庁したもので、特に遅い出勤をしたものではなく、待つ方でもある程度待たされる可能性があることは予測できたこと、増田検事は、他の事件の打合せがあったため、池田事務官を通して接見時間の指定を連絡したものであること、本件当時東京地検公安部において担当検察官が不在のため連絡がつかない場合の対応措置について態勢が整備されていなかったことが認められ、他方、原告内田は、当日本件当時通常の運用として行われていた接見時間の接見ができ、その目的を一応達したことからすれば、前記合理的な範囲内の時間を超えて待たされたことにより原告内田の被った精神的苦痛はさほど大きいものとはいえない。しかし、右の事情があったとしても、原告内田に精神的損害が生じない、あるいはそれが填補されたとまで認めることはできない。そして、以上一切の事情を考慮すると、右苦痛に対する慰謝料としては一万円が相当である。

第四結論

以上の次第であるから、原告内田の本訴請求は、被告国に対し、一万円及びこれに対する不法行為の日である昭和六二年一月三一日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があり、原告内田の被告国に対するその余の請求及び被告東京都に対する請求並びに原告内田を除くその余の原告らの請求はいずれも理由がない(なお、仮執行宣言については、その必要が認められないからこれを付さないこととする。)。

(裁判官 石川善則 春日通良 和久田道雄)

様式第48号〈省略〉

様式第49号〈省略〉

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